2月21日の百物語
お乳を飲ませに来た幽霊
むかしむかし、ある田舎に、とても裕福なお屋敷がありました。
お屋敷には家族全員で十八人もいましたが、なぜが家族に病気があいついで、数年の間に家を継いだ兄と弟と、弟の奥さんだけになってしまいました。
そしてその奥さんも、初めての赤ちゃんを産んですぐに死んでしまったのです。
ある晩の事、赤ちゃんがお母さんのお乳を欲しがって、激しく泣き出しました。
「妻はいないし、どうしたら良いのだ?」
弟が困っていると、
「おお、よしよし」
と、どこからか女の人が現れて、赤ちゃんを抱きかかえるとお乳を与えてくれたのです。
「どこのどなたかは存じませんが、おかげで助かりました」
弟はそう言って、その女の人の顔を見てびっくりです。
「おっ、お前は、死んだわしの妻ではないか!」
なんと、死んだはずの奥さんが幽霊となって、わが子に、お乳を飲ませに来てくれたのです。
赤ちゃんが、たっぷりとお乳を飲んで眠ると、奥さんは弟に言いました。
「これからは毎晩参りますが、この事は、誰にも知られてはなりません」
そして奥さんは、ふっと消え去りました。
さて、それから奥さんの幽霊は約束通り、毎晩赤ちゃんにお乳を飲ませるために現れました。
弟も約束を守って、その事は誰にも言いませんでした。
でもある晩、兄は弟の部屋の前を通る時、弟と女の人が何やら楽しげに語り合っているのを聞いたのです。
次の朝、兄は弟をしかりつけました。
「お前というやつは! 妻が死んで間もないというのに、さっそく女を部屋に呼び入れるとは何事だ!」
「兄さん、それは誤解です」
「何が、どう誤解なのだ!?」
「・・・実は、死んだ妻が毎晩、我が子に乳を与えに来てくれるのです。お願いですから、赤ん坊が大きくなるまでは、そっとしておいてください」
弟は何度も頼んだのですが、兄は全く信じようとはしません。
それどころか、
「きっとその女は、おれたちの身内を次々と殺した魔物に違いない。
そいつがお前の妻に化けて、お前をたぶらかしに来たのだ。
このままでは、おれたちも取り殺されてしまうぞ」
と、決めつけたのです。
そしてその晩遅く、いつもの様にやって来た奥さんの幽霊を待ち伏せして、刀で斬りつけたのです。
「きゃぁぁぁぁっーー!」
斬られた奥さんの幽霊は、兄をにらみながら暗やみに消えていきました。
次の朝、兄と弟が幽霊の血の跡をたどって行くと、血の跡は奥さんのお墓まで続いていました。
「まさか!」
兄と弟が奥さんのお墓を掘って中の棺を開けてみると、何と棺の中の奥さんの死体には、大きく刀で斬られた跡があったのです。
「お前が言っていたのは、本当だったのか・・・」
事実を知った兄は弟と奥さんに手をついて謝りましたが、その日から奥さんの幽霊は現れませんでした。
そして、お乳をもらえなくなった赤ちゃんは、やせおとろえて死んでしまい、兄も弟も病に倒れて、屋敷はすっかりほろんでしまったという事です。
おしまい