2月29日の百物語
めいどから帰って来た奥さん
むかしむかし、一人のお坊さんが、旅から旅の毎日を過ごしていました。
ある日の事、お坊さんが道ばたのお墓で一休みをしていると、後ろの方からギギギーッと変な物音がしました。
「なんだ?」
お坊さんが振り向くと、お墓に埋められた棺桶(かんおけ)のふたを押し開けて、白い着物の女の人が出て来たのです。
「ゆ、幽霊。なむあみだぶつ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ・・・」
お坊さんはすぐに念仏を唱えましたが、棺桶から出て来た女の人はお坊さんに近づいて頭を下げました。
「どうか、助けてください。体が熱くてたまりません」
しかしお坊さんは、相手が幽霊だと思い込んでいるので、
「迷わず、成仏なさい。なむあみだぶつ、なむあみだぶつ・・・」
と、さらに念仏を唱えました。
すると女の人は、少し怒った様に言いました。
「わたしは、幽霊ではありません。
実は昨日、突然息が止まってしまい、家族にお墓へ埋められてしまいました。
するとわたしの体から魂が抜け出して、気がつくと広い野原の様なところを歩いていたのです」
女の人は、話を続けました。
「わたしがあてもなく歩いていると、どこからか恐ろしい鬼たちが現れて、わたしをえんまさまのところへ連れて行きました。
えんまさまは、わたしをジロジロとながめて、こう言いました。
『お前はまだ、ここに来るにははやい。 お前の寿命は、まだまだ残っておるぞ』
そしてえんまさまは、わたしを連れて来た鬼たちに、
『すぐに火の車に乗せて、しゃばへ送り返せ』
と、言いつけました。
そして今さっき、魂が自分の体に戻ってきたのです」
「ほう、それで体が熱いと言われたのですね」
「はい。火の車の炎に包まれて、とても熱かったです」
「なるほど。それで生き返り、棺桶を破って出て来たのか」
「はい。どうかわたしを、家に連れて行ってください」
「わかった、わかった」
お坊さんは女の人をおんぶして、道案内をさせました。
女の人の家は町の大きなお店で、お店は戸を閉めきって悲しみに沈んでいました。
「すまんが、戸を開けてくだされ」
お坊さんの言葉に、家の人が出て来ました。
「あの、何かご用でしょうか? ・・・おっ、奥さま!!!」
家の人は、お坊さんがおんぶしている女の人を見て大声を上げました。
その声に家のみんなが出て来て、腰を抜かさんばかりに驚きました。
何しろ、お葬式を済ませたばかりの奥さんが、お坊さんの背中で微笑んでいるのですから。
「こんな事があるなんて」
お坊さんと奥さんから話を聞いた家の人たちは大喜びで、さっそくお祝いの準備を始めたという事です。
おしまい