3月6日の百物語
死の予告をした先生
静岡県の民話
むかしむかし、ある町に、林斎(りんさい)という学者が住んでいました。
ある年の事、林斎は知り合いをたずね歩いては、
「これまで、いろいろお世話になりました。
わたしは今年の八月十二日に、往生(おうじょう→あの世へ行く事)する事にしました」
と、言うのでした。
「はあ・・・」
知り合いの人たちは、返事に困ってしまいました。
「林斎先生は勉強のしすぎで、頭がおかしくなったのかねえ」
「まじめな顔をして、よくもあんなホラがふけるものだ」
「縁起(えんぎ)でもねえから、おれは先生が帰った後に塩をまいたよ」
みんなは誰も、林斎の言葉をまともに受け取りませんでした。
そして、八月十一日。
林斎は、町のお寺へ出かけると、
「わたしは明日死にますので、どうか、お棺(かん)の用意をお願いいたします。そのお棺は・・・」
と、自分でお棺を注文(ちゅうもん)をしたのです。
お寺の人はあきれましたが、相手は名の知れた学者なので、
「わかりました。それでは、ご注文通りに用意させていただきましょう」
と、林斎の望み通りにする事にしました。
そしていよいよ、八月十二日になりました。
林斎は死んだ人がまとう白い衣を着て、ゆっくりとお寺へやって来ました。
そして、自分が注文したお棺の出来ばえに満足すると、
「では、あとはよろしくお願いします」
と、自分でお棺に入って、ふたを閉めるように言いました。
お棺の中から、しばらくお経の様な言葉が聞こえていましたが、やがて静かになりました。
それを見てあきれた和尚(おしょう)さんが、
「眠ってしまったようだな。しかし先生も、イタズラがすぎる。少し、説教をしてやらねば」
と、小僧に命じてお棺のふたを開けさせました。
すると、
「あっ!」
小僧も和尚さんも、お棺の中を見てビックリです。
なんと林斎は両目を見開いたまま、本当に死んでいたのです。
おしまい