3月10日の百物語
ろくろ首を退治した坊さん
山梨県の民話
むかしむかし、回竜(かいりゅう)と言う、旅のお坊さんがいました。
たまたま甲斐の国(かいのくに→山梨県)へ来た時、山道の途中で日が暮れてしまいました。
「仕方がない。今夜はここで野宿するか」
回竜は、元は名のある侍で、怖い物知らずです。
ゴロリと道ばたの草の上に寝ころぶと、そのまますぐにいびきをかき始めました。
さて、どのくらい眠ったでしょう。
「・・・もしもし。・・・もしもし」
と、呼ぶ声に目を覚ますと、一人の木こりが立っていました。
「お坊さま、こんなところで寝ていてはいけませんよ。
この山には人を食う恐ろしい化け物がいて、何人もの旅人が襲われました。
よかったら、わたしたちの小屋へ来ませんか?」
「それはそれは、ご親切に」
回竜が木こりの後をついて行くと、山の中に一軒の粗末な家が建っていました。
家の中には案内してくれた男のほかに、三人の男と一人の女がいました。
貧しい身なりをしているのに、どこか礼儀正しくて、とても木こりとは思えません。
そこで回竜は、思い切って尋ねてみました。
「みなさんは、もしかして都の人ではありませんか?」
すると、一番年上の男が言いました。
「はい、おっしゃる通り。
元は、都の侍でした。
お恥ずかしい事ですが、訳あって人を殺してしまい、家来とともにこうして山の中に暮らしながら、自分の犯した罪を反省しているしだいです」
「それは、よくぞ話してくれました。
そういうお心なら亡くなった方も、きっとあなたたちを許してくださるでしょう。
わたしもお経をあげて、亡くなった方のめいふくを祈りましょう」
そう言って回竜は夕食をいただいた後、夜遅くまでお経を呼んでいました。
もうすっかり夜もふけて、隣の部屋からは物音ひとつ聞こえてきません。
「さて、そろそろわたしも眠るとするか」
回竜は立ちあがって、戸の破れから何気なく隣の部屋をのぞきました。
「うん? ・・・これは!」
回竜は、思わず息を飲み込みました。
何と布団の中には、首のない体が五つ並んでいるではありませんか。
「さては、人食いお化けにやられたか。お気の毒に」
回竜は恐ろしさも忘れて、部屋に飛び込みました。
ところがどこにも血の跡がなく、どの体も動かされた様子がありません。
「おかしいぞ?」
しばらく考え込んでいた回竜は、ふと、ろくろ首の話を思い出しました。
首の伸びるろくろ首は、体から首を離して遠くへ散歩に行くと言います。
「さては、あの五人がろくろ首であったか。よし、もう二度と首が戻れない様に、こいつらの体を隠してやろう」
回竜は床板をはがすと首のない体を次々と下へ投げ込み、元の様に床板をはめて外へ出ました。
外には生暖かい風が吹いていて、その風に乗って人の話し声が聞こえてきます。
回竜がその話し声の方に近づいていくと、五つの首が、あっちへゆらゆら、こっちへゆらゆら飛びまわりながら話していました。
「あの坊主め、よく太っていて、なかなかうまそうじゃ」
回竜を案内してきた、木こりのろくろ首が言いました。
「しかし、いつまでもお経を読まれては、近寄る事も出来ん。
だが、もうだいぶ夜もふけた。
今頃は、すっかり眠り込んでいるはずだ。
誰か、様子を見て来い」
一番年上のろくろ首が、言いました。
すると女のろくろ首が、フワフワと飛んで行ったかと思うと、すぐに戻って来ました。
「大変です!
坊主の姿が、見えません!
それに、わたしたちの体がどこにも見当たらないのです!」
「何だと!」
一番年上のろくろ首は、みるみる恐ろしい顔になりました。
髪の毛を逆立てて、歯をむきながら目をつり上げる姿は、さすがの回竜もぞっとするほどです。
「体がなくては、死んでしまうぞ。こうなったら何としても坊主を探し出し、八つ裂きにしてくれるわ!」
五つのろくろ首は、ものすごい顔で火の玉の様に飛び交い、回竜を探し始めました。
回竜は、じっと木の後ろに隠れていましたが、ついに五つのろくろ首は回竜の姿を見つけ出しました。
「よくも、わしらの正体を見破ったな!」
五つのろくろ首は、一度に回竜目掛けて飛びかかってきます。
しかし回竜は、近くの木をすごい力で引き抜くと、
「ふん! 昔取った杵柄(きねづか)! きさまら何ぞに、負けんぞ!」
と、いきなり、一番年上のろくろ首を叩き落としました。
「ぎゃーーーっ!」
ろくろ首は、叫び声をあげて頭から血を流しました。
「さあ、かかってこい!」
回竜は木をブンブンと振り回して、ろくろ首を次々と叩きのめしていきました。
回竜にやっつけられた五つのろくろ首は、ふらふら飛びながら暗闇の中に消えていきました。
回竜が山の家に戻ってみると、血だらけになった五つのろくろ首が、白い目をむいて転がっています。
「さても、恐ろしい目にあったものだ。しかしろくろ首とはいえ、元は人間のはず。・・・成仏せいよ」
回竜は五つのろくろ首に手を合わせると、夜明けの山道をゆっくりと下って行きました。
おしまい