3月18日の百物語
ばめんの猫
福井県の民話
むかしむかし、金津(かなず→福井県坂井郡 )の町の「ばめん」という宿屋に、三蔵(さんぞう)という名の加賀(かが→石川県)の大聖寺(だいしょうじ)の侍がやって来て、夜道を大聖寺まで帰る腹ごしらえをしていました。
三蔵が、ふと、おかずの焼魚を見ると、何やら歯跡の様なものがついています。
「ふむ、誰かの食べ残しであろうか」
三蔵が店の者に文句を言うと、奥からおかみさんが出て来て、
「大変申し訳ございません。実は最近、同じ様な事が何度も続き、ほとほと困っているのです」
と、謝りながら、すぐに別の物と取り替えてくれました。
それからおかみさんは、三蔵の旅仕度に気付くと、
「牛の谷峠(やとうげ)辺りで、夜中に化け物が出るとの噂がありますので、どうかお気をつけてください」
と、声をかけました。
宿屋を出た三蔵が牛の谷峠にさしかかると、暗闇に明々と灯りがついて、何匹もの猫たちが輪になって踊り狂っていました。
「これが、化け物の正体か」
三蔵が素早く手裏剣(しゅりけん)を投げると、それが一匹の猫に命中して倒れました。
すると怒り狂った他の猫たちが、
「フギャーー!」
と、いっせいに襲いかかって来たのです。
「むむっ」
腕自慢の三蔵でも、一度にこれだけの数を相手には出来ません。
三蔵はあわてて近くの木に登ると、下から登って来る猫を一匹ずつやっつけ始めました。
それを見た猫の親分は、
「このままでは人間に勝てない。お前たち、『ばめんのばば』を呼びに行け!」
と、手下を金津の方へと向かわせました。
やがてやって来たのは大きな赤猫で、頭に鉄の鍋をかぶっています。
木を登って来た赤猫に三蔵が刀を振り下ろしますが、赤猫は鉄の鍋をかぶっているので平気です。
「ぬっ、こうなれば」
三蔵は一本だけ残っていた手裏剣を取り出すと、鉄の鍋のすきまから見える赤猫の背中に投げました。
「フギャーー!!」
手裏剣は見事に命中して、木から落ちた赤猫は他の猫と一緒に金津の方へ逃げて行きました。
「町へ戻ったか。・・・急ぐ旅だが、このまま見過ごすわけにはいかんな」
三蔵は夜が明けるのを待って、再び宿屋の「ばめん」を訪れました。
そして宿屋のおかみさんに事情を話すと、昨日の夜遅く、背中に怪我をしたおばあさんが泊まりに来たというのです。
「その部屋に案内してくれ」
おかみさんにその部屋を案内してもらうと、三蔵は部屋の中へ飛び込みました。
すると部屋には何十匹もの猫がいて、そのまん中に背中を怪我した赤猫がいたのです。
「化け猫め、成敗してくれる!」
三蔵が刀を抜くと、猫たちはあわてて窓から飛び出して、山へと逃げて行きました。
その後、宿屋の焼き魚に歯跡がつく事も、谷峠に化け物が現れる事もなくなりましたが、赤猫のたたりを恐れた町の人たちは宮を建てて、猫たちをまつったという事です。
おしまい