3月22日の百物語
タヌキ屋敷
兵庫県の民話
むかしむかし、播磨の国(はりまのくに→兵庫県)の逢坂山(おうさかやま)に、『タヌキ屋敷』と呼ばれる古い屋敷がありました。
ある日の事、一人の侍が逢坂山にさしかかった時、日が暮れてしまいました。
「夏とはいえ、知らない夜の山道を歩くのは危険だ。どこかに、泊まるところはないものか」
辺りを探していると、山の登り口に一軒の屋敷がありました。
「おおっ、これは助かった。ずいぶんと古いが、なかなかの屋敷ではないか」
侍が近づいてみると、屋敷の奥の方に明かりがついています。
侍は屋敷の中へ入ると、大きな声で言いました。
「たのもう! わしは旅の者だが、日が暮れて困っておる。どうか今夜一晩、泊めてもらえぬか」
すると奥から、老婆がよろよろしながら出て来ました。
「まあまあ、それはお困りでしょう。
こんなところでよかったら、どうぞ泊まっていきなされ。
わたしは突然の腹痛で、さっきから休んでいたところ。
一人暮らしゆえ、何のおかまいも出来ませんが。
・・・あいたた」
そう言うと、老婆は腹を押さえてしゃがみ込みました。
侍は、あわてて老婆を抱き起こすと、
「さあ、これを。秘伝の薬です」
と、印籠(いんろう→薬入れ)から薬を取り出して、老婆に飲ませました。
すると薬が効いてきたのか、しばらくして老婆は、ゆっくりと立ちあがりました。
「おかげさまで、痛みはなくなったようです。助かりました。さあ、こちらへ」
老婆は侍を案内して、座敷に連れて行きました。
「また腹が痛くなっては申しわけないから、薬の効いている間に休ませてもらいます。どうぞ、ごゆっくり。・・・・ああ、ふとんは、そこの押し入れにありますから」
老婆は、さっさと自分の部屋へ帰って行きました。
侍は一人になると、ふとんを敷いて横になりましたが、眠ろうとはしませんでした。
それというのも、さっき老婆を抱えた時、老婆の体からけもののにおいがしたからです。
(念の為に、刀を抱いておこう)
刀を抱いた侍が布団の中で寝たふりをしていると、真夜中に、ふすまがすーっと開いて、誰かが入って来たではありませんか。
侍がそっと目を開けてみると、まくら元にさっきの老婆が立っていて、みるみるうちにけものの姿に変わっていったのです。
(やはり、化物であったか)
侍はふとんの中で刀をにぎりなおすと、飛びかかって来た相手を切り倒しました。
「ウギャャャーーー!」
老婆は恐ろしい悲鳴を上げると、その場に倒れて死んでしまいました。
見てみると、そこに倒れていたのは老婆ではなく、一匹の古ダヌキだったのです。
こんな事があってから、人々はこの屋敷を『タヌキ屋敷』と呼ぶようになったそうです。
おしまい