3月24日の百物語
大野の化け物屋敷
石川県の民話
むかしむかし、能登の国(のとのくに→石川県)に、大野長久(おおのながひさ)という俳人(はいじん→俳句を作る人)がいました。
長久は、代々大きな屋敷に住んでいましたが、
「なんでも、自然のままがいい」
と、言って屋敷の手入れもせず、荒れるにまかせていました。
おかげで壁は薄汚れ、最近では雨漏りもします。
ある秋の事、この長久の屋敷に化け物が現れるといううわさが広まりました。
夜中に明かりを持った黒い影が、屋敷の庭を歩き回っているというのです。
しかしそれを聞いても長久は、
「化け物など、馬鹿馬鹿しい。きっと、何かの見間違えだろう。もし、たとえ本当の化け物であったのなら、それもまた風流ではないか」
と、気にしませんでした。
そんなある晩の事、隣町でかさをつくっている男が、注文のかさを届けにこの屋敷へやって来ました。
屋敷の門をくぐって、ふと顔をあげてみると、庭の方でちらちらと明かりがゆれています。
「何だろう?」
よく見ていると、黒い人影が手にあんどんを持って、庭の中をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしているのです。
(へーっ、さすがは風流の人。こんな夜に、庭を歩き回るとは)
かさ屋が感心していると、明かりが庭のすみで、ふっと消えました。
(きっ、消えた。まさかこれは、うわさの化け物では・・・)
怖くなったかさ屋は、急いで屋敷の中へ飛び込みました。
「ごっ、ごめんください。注文のかさをお届けに来ました!」
すると長久が出て来たので、たずねました。
「あの、もしや、今さっき、庭を歩いておられたのでは?」
「いいや、さっきから部屋にこもっていたが」
「それじゃ、誰かが庭を歩いていましたか?」
「この屋敷に住むのは、わしと手伝いの年寄り夫婦だけだ。二人とも自分の部屋にいると思うが。それが何か?」
かさ屋は真っ青な顔で、さっき見た事をくわしく話しました。
しかし長久は、顔色一つ変えません。
「なるほど、うわさは本当であったか。しかし、別に悪さをするわけではなし、騒ぐほどの事でもあるまい」
「今は何もなくとも、そのうちに恐ろしい事が起こるかもしれません。ここは祈祷師(きとうし)に頼んで、お経をあげてもらってはいかがですか?」
「うむ、まあ、そのうちに考えておこう」
長久はかさを受け取ると、さっさと奥へ引き下がりました。
かさ屋は外に出て、恐る恐るもう一度庭をながめてみましたが、あんどんを持った人影はありませんでした。
それから数日後の夕暮れ。
客が来るというので、古い道具を出しに裏庭の蔵へ行ったおばあさんが、
「うへぇーー!」
と、大きな悲鳴をあげました。
(何事だ!)
長久とおじいさんが駆けつけると、なんとおばあさんが気を失って倒れているではありませんか。
「どうしたのだ!?」
おばあさんを必死で介抱すると、気がついたおばあさんは、よほど怖い物を見たらしく、ブルブルと震えながら蔵の前に積んであるまきを指差して、
「あっ、あそこ、あそこ」
と、言うのです。
二人はまきの周りを調べましたが、特に変わった様子はありません。
そこで、もう一度おばあさんに確かめると、
「土の上、一尺(いっしゃく→三十センチ)ばかりのところを四角いちょうちんみたいな明かりが、ふらふらと進んでいくので、びっくりして足を止めたら、明かりの中から人影が現れて、こっちを向いたのです。その顔は気味悪いほどに青くて、しかもあんどんの様に四角でした」
と、言うのです。
そこで長久は人を呼んで屋敷の中をすみずみまで調べてみましたが、怪しい物は何一つ出てきませんでした。
そんな事があってから、人々はこの屋敷を『大野の化け物屋敷』と呼んで、誰も近づこうとはしませんでした。
そしてしばらくすると、この屋敷から主人の長久と手伝いの老夫婦が姿を消してしまったそうです。
おしまい