3月29日の百物語
妖怪の恩返し
むかしむかし、ある村の川のふちに、妖怪が現れるという、うわさがたちました。
何でもそれは黒い着物を着た体の細長い妖怪で、顔がぬめぬめしているそうです。
ある日の事、そのうわさを聞いた村一番の力持ちが、
「よし、おれがその妖怪の正体を確かめてやろう」
と、刀を持って川のふちへと出かけました。
「妖怪よ、出て来い! このおれさまが、退治してくれよう!」
すると風もないのに柳の枝がさあーっとなびいて、川の中から妖怪が現れました。
確かに黒い着物を着た細長い妖怪で、顔がぬめぬめしています。
普通の男なら腰を抜かしてしまうでしょうが、さすがは妖怪退治をしようとする若者で、怖がるどころか腰の刀を抜いて斬りつけたのです。
「出たな妖怪! 覚悟!」
妖怪はその刀を何とかわかすと、若者に手を合わせて頼みました。
「お待ちください。
わたしは、近くの沼に住む大ウナギの母親です。
実は、この間の大水で流されて来た大木の根っこが、わたしのねぐらの入口に引っかかってしまい、子どもが中に閉じ込められてしまいました。
わたしの力ではどうする事も出来ないので、これを取りのぞいてくれる人を探そうと、ここへ現れたのです」
「なるほど、そういうわけだったのか。よし、おれが何とかしてやろう」
若者は大ウナギの妖怪に案内されて沼にやって来ると、ふんどしひとつで沼に飛び込みました。
潜ってみると、大木の根っこが横穴の入口に引っかかっています。
「これだな、よし」
若者は自慢の力を込めて、木の根っこを取り除いてやりました。
「ありがとうございます。
おかげさまで、子どもが助かりました。
本当に、ありがとうございます」
「礼はいい。では他の者がびっくりするから、もう出て来るんじゃないぞ」
若者はそう言うと村に帰って行き、大ウナギの妖怪は若者の姿が見えなくなるまで若者に手を合わせていました。
さて次の朝、若者が仕事に出かけようとすると、大ウナギの母親のお礼なのか、家の外には沼の小魚やエビなどが山の様に積まれていたという事です。
おしまい