3月31日の百物語
鐘を鳴らした山鳥
山形県の怖い話
むかしむかし、ある山小屋に、一人の木こりが住んでいました。
ある日の事、木こりが山を登っていると、山鳥がけたたましい声で騒いでいました。
木こりが鳴き声のする方を見上げてみると、岩の上にある山鳥の巣の中に二羽のヒナがいて、何かにおびえている様子です。
「何事だ?」
よく見ると巣の下から、大きなヘビがせまっていたのです。
「こら、しっ、しっ」
木こりは木の棒で、そのヘビを追い払ってやりました。
さて、それから何年かたったある日、木こりが用事で山道を歩いていると、まだ昼前なのに急に辺りが真夜中の様に暗くなって、何も見えなくなってしまったのです。
「これは、どうした事だ?」
木こりが困っていると、木々の向こうに家の明かりが見えました。
「助かった。とにかく、あの家に行ってみよう」
木こりはその家にたどり着くと、家の戸を叩いて言いました。
「もしもし、急に日が暮れて困っています。どうか、中に入れてください」
すると中から、美しい女の人が出て来て言いました。
「やっと会えたねえ。お前が来るの、ずっと待っていたんだよ」
(待っていた? 変な事を言う女だ)
木こりは不思議に思いましたが、とにかく家の中に入れてもらいました。
家はとても立派ですが、不思議な事に人が住んでいる様子がありません。
「お前さん、こんな山中の家に、一人で住んでいるのか?」
木こりが尋ねると、女は後ろ手で戸をピシャリと閉めながら、
「この家は、お前をおびきよせるワナだ」
と、太い声で言ったのです。
その声は、先ほどの女の人の声ではありません。
「おっ、お前さんは・・・」
木こりがびっくりして言うと、女の人の肌にうろこが浮かんできて、見る見るうちにヘビの顔になったのです。
「ヘ、ヘビ女!」
木こりは逃げ出そうとしましたが、そのとたんに氷の様な冷たい手で襟首(えりくび)をつかまれて、逃げるどころか動く事も出来ません。
ヘビ女は木こりに不気味な顔を近づけると、こう言ったのです。
「わたしは数年前、お前に食事の邪魔をされたヘビだ。あの時のうらみを、ここではらしてくれよう」
それを聞いた木こりは、山鳥のヒナを助ける為に追い払ったヘビの事を思い出しました。
(くそー! こんな事なら、あの時にヘビを殺しておけばよかった)
木こりは気持ちを落ち着かせると、ヘビ女にこう言いました。
「待て!
おれには、山の神さまがついているんだぞ。
もしおれに手を出すと、お前は後でひどい目に会うぞ」
山の神がついているなんて全くのでたらめですが、それを聞いたヘビ女の動きがピタリと止まりました。
「山の神?
・・・ふん。
なら、試してやろう。
お前はこの近くに、人のいない山寺があるのを知っているだろう。
本当に山の神がついていると言うなら、その山の神に頼んで、夜中までに山寺の鐘を二つ鳴らしてみろ。
もし鐘が鳴ったら、お前の命は助けてやろう。
だが鳴らなかったら、お前を頭から食ってやるからな」
ヘビ女はそう言うと、長い舌でペロリと舌なめずりをしました。
時間がどんどん過ぎて、とうとう夜中になりました。
ヘビ女はニヤリと笑って、木こりに言いました。
「さあ、約束の夜中になったが、鐘は鳴らなかったな。
山の神がついているなどと、うそを言いやがって。
約束通り、お前を頭から食ってやるぞ」
ヘビ女が大きな口を開けたその時、
♪ゴーーン
♪ゴーーン
と、人がいないはずの山寺の鐘が、二つ鳴ったのです。
それを聞いたヘビ女は、いまいましそうに舌打ちをすると、
「ちっ! 本当に、山の神がついていたのか」
と、そのままどこかへ消えてしまいました。
「たっ、助かった。・・・しかし、誰が鐘を鳴らしたのだろう?」
やがて夜が明けたので、木こりは山寺に行ってみました。
「もーし、誰かいますかー?」
木こりが声をかけましたが、やはり山寺には誰もいません。
そこで木こりが鐘つき堂へ行ってみると、何と釣鐘の下で、血だらけの山鳥が二羽、並んで死んでいたのです。
その山鳥は、木こりがヘビから助けてやった山鳥でした。
「そうか、お前たちが鐘を」
山鳥は命の恩人を助ける為に、自分を勢いよく鐘に打ち付けて鐘を鳴らしたのでした。
おしまい