5月1日の百物語
幽霊に頼まれた治療
沖縄県の民話
むかしむかし、沖縄本島のある町に、お灸で病を治している先生がいました。
ある日の夜、先生は夜の散歩に出かけました。
そしてぶらぶらと歩いているうちに、町はずれの橋のたもとの松林までやって来ました。
「おや? これはまた、ずいぶんと遠くまで来たものじゃ」
すると突然、目の前に三十歳ぐらいの背の高い女の人が現れました。
女の人は白い浴衣を着ていますが、顔はまっ黒に日焼けをしています。
先生はあわてる事なく、その女の人を観察しました。
(幽霊か? 幽霊なら、顔はまっ白と聞いていたが)
すると女の人が、先生に頭を下げて言いました。
「先生ですか?
先生にお願いがあり、お宅へお伺いしようと思っていたのですが、事情があってのびのびになってしまいました。
実は家に、寝たきりになっている父がいるのです。
先生にぜひ、父を診ていただきたいのです」
女の人が幽霊ではないようなので、先生はほっとして言いました。
「そうですか。
ここへ散歩に来たのも、何かの縁。
あなたのお父上を、診てみましょう」
先生は女の人に案内されて、道のすぐわきにある家に入って行きました。
小さな家の中には七十歳ぐらいのおじいさんが、ふとんに寝かされています。
先生がおじいさんの脈をとろうすると、女の人が言いました。
「わたしは、七年前からここに住んでおります。
わたしの名は、ウシヤ。
生前に、先生に病を治していただいた事があります。
それでは、父をよろしくお願いします」
「生前?」
先生が振り返ると、ウシヤという名の女の人も寝たきりのおじいさんも、たちまち消えてしまいました。
「これは・・・」
気がつくと先生は、松林の中にあるお墓の前に座っていたのです。
次の日の朝、先生は昨日の晩に出会った女の人の顔と、ウシヤという名前を思い出しながら、治療日誌を調べてみました。
すると女の人は七年前に、難しい治療にきた二十八歳の人だった事がわかりました。
女の人は治療のかいもなく、間もなく亡くなってしまいました。
ウシヤという親孝行の娘は、家にたった一人で残っている父親が病気になったので、ちょうど先生が自分のお墓の近くを通りかかったのを幸いに、先生に父親の治療を頼んだのです。
「なんと、親孝行な娘よ」
先生はさっそくウシヤの実家をたずねていって、父親の治療をしてやったという事です。
おしまい