5月11日の百物語
動く城
山口県の民話
むかしむかし、ある大名に、美しい姫がいました。
姫が年頃になると、ある立派な若侍(わかざむらい)が毎晩の様に現れて、姫はその若侍に恋するようになりました。
姫は若侍に名前や家をたずねましたが、若侍は何も答えてくれません。
ある日の事、姫がその事を乳母に打ち明けると、
「それでは、そのお方の着物のすそに、長い糸を結んだ針をつけてごらんなさい。その糸をたどれば、どこのどなたかがわかるでしょう」
と、教えてくれました。
姫は乳母の言う通りにして、若侍の着物のすそに長い糸を結んだ針を刺しました。
それに気づかなかった若侍が帰った後、姫がその糸をたどってどこまでも行くと、糸は中の島の池の中まで続いています。
この中の島の池は、むかしから妖怪が住んでいると言われていました。
「もしや、あのお方は妖怪なのでは」
姫は若侍が妖怪だと思って悲しみましたが、その夜、大名の夢枕(ゆめまくら)にその若侍が現れて言いました。
「わたしは、池の主の大ガメです。
姫に心をひかれて、毎夜かよっておりました。
しかし正体を見破られては、どうする事も出来ません。
おわびのしるしに、中の島に城をお築ください。
その城は、きっと難攻不落(なんこうふらく)の城となりましょう」
大名が言われた通りに城をつくると、本当に難攻不落の城となりました。
なぜなら、敵が攻めて来ると城は島ごと動いてしまうので、敵はどうする事も出来ないからです。
そんなある年の事、城の中に井戸を作る事になりました。
井戸掘り職人が固い岩盤を打ち破って穴を掘り下げていくと、穴からは水ではなくおびただしい血が吹き出しました。
実はこの城のある島は、あの大ガメの甲羅だったのです。
血が七日七晩吹き出すと、島は二度と動かなくなってしまったという事です。
おしまい