5月14日の百物語
黒部のヒヒ
富山県の民話
むかしむかし、黒部(くろべ)の山奥で、木こりたちが突風で空中に投げ飛ばされる事件が何度もありました。
これはこの地に住むヒヒが森を守る為に、木を切り倒す木こりたちを追い払う為だと言われています。
さて、この黒部の山に、源助(げんすけ)という木こりの親分(おやぶん)がやって来ました。
源助は大変な怪力で、大きなイノシシでも素手で殴り殺すほどです。
その源助が作兵衛(さくべえ)という木こり仲間を連れて奥山に入ったところ、すさまじい突風が吹き付けてきて、作兵衛が空中へ飛ばされてしまいました。
「作兵衛! どこへ行ったー!」
源助が辺りを探してみると、木に引っかかって気絶している作兵衛の体を、人間よりも大きなヒヒが引き裂こうとしているではありませんか。
「おのれ! お前なんぞに作兵衛を渡してなるものか!」
源助は飛び上がって作兵衛の足をつかむと、ヒヒから作兵衛を引き離そうとしました。
しかしヒヒの力は強く、なかなか離れません。
作兵衛の手足からしたたる血で、源助は血まみれです。
「作兵衛は、絶対に渡さんぞ」
源助とヒヒとの力比べは、一晩中続けられました。
しかし夜明けになるとヒヒはあきらめて、作兵衛を放すと谷の向こうに消えていきました。
「作兵衛! しっかりしろ!」
源助は作兵衛を介抱(かいほう)して家に届けると、すぐ奥山に戻って谷一番の大木を切り倒しました。
「さあ、出て来い! お前とおれの勝負をつけよう!」
源助はあのヒヒを呼び出して、勝負の決着をつけようと思ったのです。
でもヒヒは源助の怪力に恐れをなしたのか、それからは二度と姿を現しませんでした。
おしまい