5月15日の百物語
ギバ
愛知県の民話
むかしむかし、尾張の国(おわりのくに→愛知県)のある宿場町の河原で、街道(かいどう)で働く若い馬子(まご)たちが自分たちの馬の健康の為におきゅうをすえていました。
河原には三十頭ばかりの馬がいて、おきゅうの順番が来るまでのんびりと草を食べています。
その時、一頭の白い馬が急に空へ駆け登る様なかっこうをして、激しくいななきました。
そして、つながれているクイの周りをグルグルと回ると、バッタリと倒れてしまったのです。
「どうしたんだ?」
馬子たちはあわてて馬に駆け寄りましたが、馬は目と口を開けたまま死んでいました。
「これは、どういう事だ?」
すると今度は大木の根元につないであった白い馬が同じ様にいななくと、大木の周りをグルグルと回って、バッタリと倒れてしまったのです。
「また死んだぞ。何があったのだ?」
馬子たちが青い顔をしていると、川辺で水を飲んでいた白い馬も激しくいなないて、その場をグルグルと回り始めました。
「あの馬もだ!」
馬子たちはおろおろするばかりで、どうする事も出来ません。
そこへ、通りかかった旅のお坊さんが大声で言いました。
「馬を襲ったのは、ギバだ! ほれ、馬の尻の穴からギバが飛んでいくぞ!」
馬子たちは思わず馬の尻を見ましたが、特に何もありません。
「ギバ? ギバとは何ですか?」
馬子たちがたずねると、お坊さんが答えました。
「ギバとは、馬にとりつく魔物の事じゃ。しかも見ての通り、白い馬だけにとりつくんじゃ」
お坊さんのいう様に、倒れた馬はみんな白い馬です。
お坊さんは、他に白い馬がいない事を確かめると、馬子たちに説明をしました。
「ギバは玉虫色をした小さな犬ほどの馬で、その背中には美しく着飾った娘が乗っておる。
ギバは白い馬を見つけると、馬の鼻の穴から入って尻の穴から出て行くのじゃ。
馬はその苦しみに同じところをグルグルと回り、そのまま死んで倒れてしまうのじゃ。
ギバは普通の人間にはなかなか見えぬが、馬にはよく見えるらしい。
白い馬が突然暴れ出したら、ギバが現れた証拠かもしれん」
馬子たちは真剣な顔で、お坊さんの話しを聞いていました。
一人の馬子が、お坊さんにたずねます。
「でも、お坊さま。人間にはなかなか見えないのなら、おらたちはどうすればいいんじゃ?」
「お前たちだって、よく注意をしておれば、わしの様に見る事が出来る。
白い馬が突然鳴き出したら、自分の着物でよいから、すぐに馬の頭にかぶせるんじゃ。
美濃(みの→岐阜県の南部)の馬子たちは、お前たちの様に着ている着物をおびやひもでとめてはいない。
すぐに着物を脱げる様に、体に引っ掛けているだけだ。
だが、それでも間に合わなくてギバが鼻の中へ入ってしまったら、長い針を馬の背中にすばやく打つんじゃ。
そうすれば、ギバは針が邪魔でそれ以上は進めずに、入った鼻の穴から出て来るじゃろう。
ギバは美濃にしかいないと思ったが、この辺りにもやって来たんじゃな。
まあ一番良い方法は、白毛の馬を飼わない事だ」
お坊さんはそう言うと、どこかへ行ってしまいました。
このギバの正体は、立派な白い馬に乗った侍(さむらい)に両親を蹴り殺された、貧しいかじ屋の娘が生まれ変わったものだと言われています。
おしまい