6月4日の百物語
幽霊の泣き声
むかしむかし、あるところに、三太(さんた)という男がいました。
三太には近くの村へ嫁入りをしている、およしという妹がいます。
そのおよしが、急な病気で亡くなったのです。
三太はさっそく嫁入り先に駆けつけて、無事にお葬式をすませました。
「やさしい妹だったのに、おれよりも先に死んじまうなんて・・・」
その夜、三太がおよしの事を考えながら村はずれの松林まで戻って来ると、後ろの方から、しくしくと女の泣き声が聞こえました。
「はて? こんなところで、誰が泣いているのかな?」
後ろを振り返ってみましたが、暗くてよくわかりません。
「気のせいか?」
しばらくして歩き出すと、また後ろの方からしくしくと泣き声がします。
それも、どうもどこかで聞いた様な泣き声です。
「あっ、あの声は。もしや、およしの声では・・・」
しかし今さっき、およしのお葬式をすませたばかりです。
およしはお墓に埋めたので、ここにいるはずがありません。
「ゆ、ゆ、幽霊か?」
怖くなった三太は、そのまま後も見ずに駆け出しました。
ところがいくら走っても、およしの泣き声が追いかけて来るのです。
「うわあああー!」
三太は、やっとの事で自分の家に駆け込むと、そのまま気を失ってしまいました。
「三太! 一体、どうしたんだ?」
家の人が三太を介抱すると、気がついた三太は両手で耳を押さえて言いました。
「おっ、およしの幽霊だ。ほら、ほら、しくしくと泣いてる」
「えっ?!」
家の人は思わず耳をすましましたが、泣き声なんか聞こえません。
「何を、言っている。何も、聞こえないぞ」
「お前は妹をかわいがっていたから、そんな気がするんだ。
さあ、風呂にでも入って、気持ちを落ちつかせろ」
「・・・そう、そうだな」
三太は気を取り直すと、風呂に入りました。
ところがやっぱり、泣き声が聞こえて来るのです。
三太は風呂に入ったまま、頭をかかえ込みました。
泣き声はだんだん近づいて来て、今度は目の前の壁の穴から聞こえはじめます。
そればかりか、
「・・・あにさん、・・・あにさん。・・・苦しいよ、・・・さみしいよ」
と、呼びかけてくるのです。
三太は怖くて怖くて、もう気が狂いそうです。
ついにたまりかねて風呂から飛び出そうとすると、なんと壁の穴から細くて青白い腕がにゅうっと伸びてきて、三太の首すじをつかみました。
「ぎゃあーーーーーーーーーっ!」
三太は大声で叫ぶと、裸のままみんなのいる部屋へ駆け込みました。
「どうした、そんなかっこうで」
家の人が尋ねますが、三太は口をパクパクさせるばかりでしゃべる事が出来ません。
そして頭から布団をかぶって、がたがたと震えていました。
それから何日も過ぎましたが、三太の耳にはおよしの泣き声が聞こえ続けます。
そこで家の人は祈とう師(きとうし→神仏においのりをする僧侶や神官)を呼んで、幽霊を追い払うおまじないをしてもらいました。
するとそれからは、およしの声は聞こえなくなったそうです。
おしまい