6月6日の百物語
おくびょう男と夕顔お化け
むかしむかし、あるところに、とてもおくびょうな男がいました。
夜になると一人では便所にも行けず、横で寝ているおかみさんを起こしては、
「化け物が出るかもしれんから、一緒に便所まで来てくれや」
と、頼むほどです。
おかみさんは仕方なくちょうちんを下げて便所について行くのですが、毎日これでは眠たくてかないません。
「夜中でも、あの人が一人で便所に行ける考えはないだろうか?」
色々と考えたおかみさんは、ある夜、大きな夕顔(ゆうがお→ウリ科の植物で、かんぴょうのもと)の実を、こっそり便所の中にぶら下げておきました。
おくびょう男は、そんな事は全く知りません。
その日の夜遅く、おくびょう男がいつもの様におかみさんを起こして言いました。
「化け物が出るかもしれんから、一緒に便所まで来てくれや」
しかしおかみさんは、
「便所くらい、一人で行けんでどうするね。もしもの事があれば、すぐに飛んで行くから、今夜は一人で行って来なさいな」
と、言って、起きようとしません。
「・・・仕方ねえ。今日は、一人で行くか。・・・しかし、大丈夫かなあ?」
おくびょう男は恐る恐る、一人で便所に行きました。
そして便所の戸を開けて中に入ろうとすると、ひたいに何かが、ゴツンとぶつかりました。
「ひえーっ! で、でたあ!」
おくびょう男がびっくりして腰を抜かしていると、そこへちょうちんを下げたおかみさんが現れました。
「一体、何が出たというんです?」
「ばっ、化け物だ! 化け物が、今、そこに」
おくびょう男がそう言って、ちょうちんの明かりで明るくなった便所の中を恐る恐る見てみると、便所に大きな夕顔の実がぶら下がっているではありませんか。
おかみさんは、にっこり笑って言いました。
「あら、おいしそうな夕顔の実、明日の朝、おみおつけにして食べましょうね」
次に朝、おかみさんは夕顔の実をきざんで、おみおつけに入れました。
「どう? おいしいでしょう?」
「ああ、うまいもんじゃのう。これが化け物なら、毎晩出て来ても平気じゃ」
おくびょう男は、おみおつけを三杯もおかわりしました。
そしてそれ以来、おくびょう男はすっかり怖いもの知らずになって、
「どこかに化け物が出たら、おれが退治してやる」
と、いばる様になりました。
そんなある日、村に化け物のうわさが広がりました。
「村の峠に、でっかいウシの化け物が出るそうだ」
それを聞いた男は、
「どうせまた、夕顔の実じゃろ。おれが退治して、おみおつけにして食ってやる」
と、真っ暗な峠を登っていきました。
すると道の真ん中に、大きなウシの化け物が寝転がって道をふさいでいます。
「あっ、いたいた。あいつだな」
男は化け物に近づくと、大きな声で言いました。
「やい、ウシの化け物。
どうせお前の正体は、夕顔の実だろう。
お前なんか、ちっとも怖くないぞ。
邪魔だから、そこをどけやい」
するとウシの化け物が、起き上がって言いました。
「おら、夕顔じゃねえ。
おらは、金の番をしているウシだ。
おらが寝そべっているこの下には、金がめ、銀がめ、銅がめが埋まっておる。
その事を教えてやろうと思っているのに、みんなはおらを見ると怖がって逃げてしまう。
なのにお前は、ちっとも怖がっておらんな。
たいしたやつだ。
金がめ、銀がめ、銅がめは、みんなお前にやろう」
ウシの化け物はそう言うと、すーっと消えてしまいました。
そこで男が化け物のいた辺りを掘り起こすと、本当に金や銀や銅のお金が入ったかめが出てきたのです。
男はそれを持って帰ると、おかみさんと一生幸せに暮らしました。
おしまい