6月7日の百物語
小豆とぎ
むかし、あるところに、化け物が出るといわれるお寺がありました。
ある晩の事、村人たちの集まりに物知りのおじいさんがやって来て、お寺の化け物について語り始めました。
「よいか。
あの寺には、色々と怖いものがある。
まず一つ目が、突然現れる青白い人魂。
二つ目が、何人もが身投げをした古井戸。
三つ目が、『うらめしや〜』の声が聞こえる柳の木。
四つ目が、毎夜置いてある場所が変わる、動く墓石。
五つ目が、」
そんな風におじいさんの話が盛り上がるにつれて、村人たちは震え上がりました。
けれども、怖い物知らずの兵六(へいろく)という男だけは、平気な顔です。
おじいさんは、話を続けました。
「しかし、これらの化け物でもっとも怖いのは、小豆とぎじゃ。
小豆とぎは、本堂に住み着く化け物の親玉で、誰一人姿を見た者はおらん。
姿は見えぬが、
『ショーキ、ショキショキ。小豆、とぎましょか? 人取って、食いましょか? ショーキ、ショキショキ』
と、不気味な声が聞こえるそうじゃ」
それを聞いた兵六が、つまらなさそうに言いました。
「馬鹿馬鹿しい。声だけなら、怖くも何ともないだろう」
「よし、そこまで言うのなら、その度胸を見せてもらおうか」
こうしておじいさんの提案で、村人たちは肝試しをする事になりました。
村人たちがちょうちんを持って、お寺の山門から墓場へ行くと、さっそく青白い人魂が現れました。
「ひゃあー、出たー!」
村人の何人かが、あわてて逃げ出しました。
しかし兵六は、全くの平気です。
次に古井戸からガイコツが飛び出し、柳の木の下からは「うらめしや〜」と不気味な声が聞こえてきます。
目の前では大きな墓石が、『ガタン!』と音を立てて動きました。
村人たちは恐ろしくてみんな逃げ出し、残ったのは兵六だけです。
「何だ、みんなだらしねえな」
やがて兵六は本堂まで来ると、本堂の真ん中に座って大声で言いました。
「小豆とぎとやら、お前に会いに来たぞ。ちょっくら、姿を見せてくれ」
すると突然稲光がして、どこからか不気味な声が聞こえて来ました。
「ショーキ、ショキショキ。小豆、とぎましょか? 人取って、食いましょか? ショーキ、ショキショキ」
しかし兵六は、全く怖くありません。
「声はいいから、姿を見せてくれ。それから、おれは客だ。小豆をといでいるのなら、ボタモチでも食わせてくれ」
兵六がそう言うと、天井から突然、
どどどどどどっ!
と、大きなボタモチが山の様に降ってきたのです。
兵六がそれを口に入れると、その甘い事、おいしい事。
「さすがは、小豆とぎ。こんなうまいボタモチは、食った事がない」
それからというもの兵六は毎晩の様にお寺へ出かけて、小豆とぎのボタモチをごちそうになりました。
さて、このうわさが村人たちにも広まると、村人たちも兵六と一緒にボタモチを食べに行きたいと言いました。
「よし、みんな来るといい。小豆とぎに頼んで、飛び切りうまいボタモチを出してもらおう」
村人たちが本堂に着くと、兵六が大声で言いました。
「小豆とぎよ、今夜は村の衆も連れて来たから、飛び切りうまいボタモチを出してくれ」
ところがしばらく待っても、ボタモチが落ちてきません。
「おい、小豆とぎよ。どうしたのだ? ボタモチが、一つも落ちてこないぞ」
兵六が言うと、天井からパラパラと数粒の小豆が落ちてきました。
そして、こんな声が聞こえてきます。
「ショーキ、ショキショキ。小豆ねえから、ボタモチ無理だ。お前たちは、もう来るな。ショーキ、ショキショキ」
その後、このお寺には化け物も小豆とぎも、二度と現れませんでした。
おしまい