6月9日の百物語
百目
むかしむかし、一人の商人が荷物を背負って、山道を急いでいました。
薄暗い山道の中に、商人の足音だけが響きます。
「うー、何だか薄気味悪い山だな」
商人がビクビクしながら山道を進んでいると、ふと前に誰かが歩いていました。
「やれやれ、やっと道連れが出来たわい」
商人は急いで追いつくと、声をかけました。
「何とも、おみ足のおはやい事で」
「へえ」
振り向いた男は、両目を固く閉じた盲目(もうもく→目の見えない人)でした。
商人は、ふと思いました。
(目が見えんのに、つえも持たずに何であんなにはやく歩けるんじゃろう?)
商人は盲目のあとを歩きながら、話しかけました。
「お前さんは、目が不自由の様ですのに、よくまあ、はように歩けますなあ」
商人は話し相手が出来たうれしさに、村祭りで反物(たんもの→衣服)を売ってもうけた事、祭りの山車(だし→まつりなどで引く、飾りのついた車)が見事だった事など、聞かれもしないのにしゃべり続けました。
盲目は、ただ、
「ふんふん、ふんふん」
と、うなずくばかりです。
やがて山道は、ひどい石ころ道になりました。
盲目は上手に石をよけながら歩いて行き、目の見える商人の方が、ついて行くのにやっとです。
(まったく、なんて人だ。目が見えんのに、わしより早く歩くとは)
しばらくすると盲目が、ピタリと立ち止まりました。
(やれ、小便でもする気かな)
商人が一息つこうとすると、盲目が実をかがめて言いました。
「ほう、こんなところにも、春が隠れておりますわい」
「へえ?」
商人がのぞき込むと、草のかげに小さなスミレの花がありました。
(こやつ、目が見えんのに、どうしてこんな小さな花を。しかもこの日暮れに)
怖くなった商人は、作り笑いをしながら言いました。
「お前さんは、よほど感の鋭いお方ですな。目の見えるわしでも、よく見えんのに」
「なあに、目が二つぐらいなくても、その気になれば何でも見えるもんですよ」
盲目はそう言って、またどんどん歩き出しました。
商人も仕方なく、あとからどんどんついて行きます。
日が落ちると、山の中は急に暗くなりました。
そこで商人がちょうちんをともすと、それに気づいた盲目が言いました。
「すまん事ですが、明かりをちょっと貸してもらえんでしょうか? わらじのひもを結びなおしたいんで」
「・・・? ・・・さあさあ、どうぞ」
(目が見えないのに、明かりとは?)
商人は不思議に思いながらも、盲目の足元にちょうちんを差し出しました。
そして盲目が着物のすそをまくりあげたとたん、商人は、
「ウヒャーー!」
と、叫んで、腰を抜かしてしまいました。
何と盲目のひざから足元にかけて、ギラギラと光る目玉が百もついていたそうです。
おしまい