6月13日の百物語
山姫
岡山県の民話
むかしむかし、備前の国(びぜんのくに→岡山県)に、一人の腕の良い猟師がいました。
ある日の事、猟師はけものを追うのに夢中で、走り回っているうちに山奥へ入り込んでしまいました。
「さて、これは困った事になったぞ。この山は、化け物が出ると聞くからな」
猟師が用心深くけもの道を進んで行くと、ふいに後ろから人の気配がしました。
振り返ってみると一人の娘が立っていて、ニッコリと微笑んでいるではありませんか。
年は二十才ほどで、まるで絵から抜け出た様な美人です。
花柄の着物が美しく、山奥だと言うのに足元は全く汚れていません。
(怪しい。これはもしかすると、山の化け物では?)
猟師は素早く鉄砲を構えると、娘の胸を目掛けて玉を撃ち込みました。
ズドーン!
ところが娘は、その玉をひょいと右手で受け止めると、牡丹(ぼたん)の花の様な口びるにくわえて、ニッコリ微笑みます。
(鉄砲の玉を素手で!? こいつはまぎれもなく、化け物だ)
猟師は新しい玉を鉄砲に込めて、二発目を打ち込みました。
ズドーン!
それでも娘は顔色一つ変えず、今度は左手でその玉を受け止めると、いかにも楽しそうに笑うのです。
(駄目だ! こいつにはかなわない!)
猟師は鉄砲をその場に投げ捨てると、一目散に逃げ出しました。
そしてやっとの事で、山から出る事が出来たのです。
その日の夜、猟師は物知りで有名な近所の老人のところへ行って、今日の出来事を話しました。
「あれがキツネやタヌキなら、もっと悪さをするはずだし、山姥(やまんば)が化けたにしては、あまりにもきれいすぎる。なあ、あれの正体を教えてくれないか」
すると老人は、男に言いました。
「それは、山姫(やまひめ)じゃな。
それはそれは美しい姿で、めったな事では会えぬ妖怪(ようかい)だ。
山姫は、これと言って悪さをするわけではなく、おとなしくしていれば宝物をくれるという話じゃ」
「なんと! そうとわかっていれば、鉄砲など撃つのではなかった。宝物とは、まことに残念な事をした」
猟師はひどくくやしがり、それから何度も同じ山へ出かけましたが、二度と山姫に会う事は出来なかったそうです。
おしまい