6月15日の百物語
おばあさんに化けた牛鬼
徳島県の民話
むかしむかし、ある漁村(ぎょそん)の漁師(りょうし)たちが、アジ船を出してアジを取りに行きました。
「今日はなかなかの大漁だったな。どれ、ここらで浜に上がって、ひと休みせんか」
取れたてのアジを塩焼きにして、それでお酒を飲むのが漁師たちの何よりの楽しみです。
アジの焼けるいいにおいがただよってきた頃、どこからともなくおばあさんがやって来て言いました。
「ええにおいじゃの。わしにも、そのアジをごちそうしてくれ」
その声に振り向いた漁師たちは、おばあさんを見てびっくりです。
なぜなら、そのおばあさんの髪の毛は針金の様に逆立っていて、ギラギラとした丸い目玉は大きくて飛び出し、おまけに口は耳まで裂けているのです。
(こいつは、化け物だ。みんな、返事をするな)
漁師たちは目で合図(あいず)をすると、みんなじっと下を向きました。
「どうした? はやく、わしにもくれんか」
おばあさんがさいそくするので、一人の漁師が言いました。
「ああ、うまいアジはもう食べてしまったので、新しいのを船から持ってきてやろう。少し待っていてくれ」
そしてその漁師が、あわてて船に乗り込むと、
「あいつ一人じゃ大変だから、おれも手伝いに行こう」
「おれもだ」
「おれも」
と、みんな船に乗り込んで、そのまま沖へ向かって船をこぎだしたのです。
しばらくして、みんなが逃げ出したのに気づいたおばあさんは、恐ろしい声で叫びました。
「こら、待てえ! わしをだまして、逃げるつもりか! 逃げたら魚の代わりに、お前らを食ってやるぞ!」
おばあさんは、ものすごい勢いで海に飛び込むと、そのまま泳いで船の後ろに噛み付いたのです。
漁師が見ると、おばあさんの耳まで裂けた大きな口の歯は、みんなキバみたいにとがっていました。
「こら、はなさんかい! 頭を叩き割るぞ!」
漁師はろ(→和船をこぐための、木で出来た道具)を振り上げて、おばあさんの頭を叩こうとしましたが、漁師をにらみつけるおばあさんの大きな目玉が怖くて、ろを振り下ろす事が出来ませんでした。
かといって、このまま船を噛み砕かれては、漁師たちは船もろとも海に沈んでしまいます。
そこで漁師たちは、
「なむ、船霊大明神、我らをお助けたまえ、お助けたまえ」
と、唱えながら、夢中で船をこぎました。
それからしばらくすると、あのおばあさんの姿は消えていました。
「たっ、助かった」
漁師がおばあさんの噛み付いていたところを見てみると、丈夫な船の木がボロボロに噛み砕かれており、船は沈む寸前でした。
阿波(あわ→徳島県)にはむかしから体が牛で顔が鬼の、牛鬼(うしおに)と呼ばれる化け物がいたと言われています。
あのおばあさんは、この牛鬼が化けた物だそうです。
おしまい