6月16日の百物語
右源太と化けネコ
熊本県の民話
むかしむかし、根子岳(ねこだけ→熊本県の阿蘇市)のふもとの村に、右源太(うげんた)という鉄砲(てっぽう)の上手な男がいました。
右源太はこれまでに九百九十九頭のイノシシをいとめており、今度いとめれば千頭目です。
ある冬の寒い夜、右源太が野でたき火をしながら獲物(えもの)を待っていると、どこからか目も口も鼻もない、のっぺら坊の化け物がやって来て、右源太のたき火にあたりました。
(こいつは、やっかいな物がやって来たな)
右源太が目を合わさない様に下を向いていると、のっぺら坊は右源太を下からのぞき込み、つるつるした顔をしわくちゃにしながら言いました。
「右源太よ。おめえの声は、人並み外れてでかいそうだな。今日はおめえと、叫び比べに来たんだ」
「叫び比べを? ・・・わかった」
逆らうと何をされるか分からないので、右源太は仕方なく承知(しょうち)しました。
まずのっぺら坊が、根子岳の方を向いて叫びました。
「ウォオオオオオオオーー!!」
その声の大きさに、山のてっぺんの岩がガラガラと崩れ落ちたほどです。
「ほれ。今度はおめえの番じゃ。やってみろ」
(こんな化け物に、勝てるわけないだろう。もし負ければ、おれはどうなるんだ?)
右源太の顔が恐怖で真っ青になりましたが、ふと名案を思いついて言いました。
「なかなかの大声だが、それではおれに勝てんぞ。少しでもよい勝負になる様に、おれは、この細い筒から叫んでやろう」
右源太はそう言うと、玉が込めてある鉄砲をのっぺら坊に向けました。
「なんじゃ、これは?」
のっぺら坊が鉄砲の先に顔を近づけた時、右源太は鉄砲の引き金を引きました。
ズドーン!
その鉄砲の音にびっくりしたのっぺら坊は、あわててどこかへ逃げて行きました。
次の朝、右源太が昨日ののっぺら坊を探しに行くと、根子岳の岩の下で手ぬぐいをかぶったおばあさんが、横になっているおじいさんと話しをしていました。
「おばあよ、おらは人間の大声にやられて、もう長くねえ。どうか洗濯ばあさんに化けて、あいつをかみ殺してくれ」
横になっているおじいさんが言うと、おばあさんは涙をこらえて言いました。
「わかった、わかった。約束する。きっと、かたきはとってやる」
それを聞いた右源太は、二人に見つからない様に、そっと家へ帰りました。
しばらくすると、一人のおばあさんが右源太の家にやって来ました。
「わしは、洗濯ばばあだ。洗濯物があったら、わしに洗わしてくれろ」
(ははん。さっそく来やがったな)
おばあさんの正体に気づいた右源太は、何食わぬ顔で言いました。
「ああ、それは助かる。
たくさんあるから、さっそく洗ってくれ。
だがな、うちはむかしから、三べん戸口を行ったり来たりしなけりゃ、家に人を入れん事にしておるんじゃ」
「そうかい。では」
おばあさんは戸口の前に立つと、行ったり来たりしました。
その間に右源太は鉄砲を用意して、おばあさんに狙いを定めました。
ズドーン!
するとあたりが急に真っ暗になり、おばあさんの姿はどこかへ消えてしまいました。
「くそ、逃げられたか。・・・うん、血の跡が」
右源太が血の跡を追って行くと、それは根子岳の岩の下まで続いていました。
そして恐る恐る岩穴をのぞき込むと、中で大きなネコが二匹、頭を並べて死んでいたのです。
この二匹はむかしから根子岳に住んでいた化けネコで、今までに何人もの人が殺されていたのです。
それから根子岳は、猫岳と呼ばれる様になったそうです。
おしまい