6月20日の百物語
幽霊のそでかけ松
むかしむかし、漁師が川に船を出して、夜釣りをしていました。
ところが、どうした事か、今日は一匹も釣れません。
「今夜は、あきらめて帰るとするか」
漁師がそう思っていると、釣りざおが突然、弓なりになりました。
めったにない、大物の手応えです。
喜んで引き上げると、
「・・・へっ? ギャァァァーー!」
釣り糸の先には、若い娘の亡骸(なきがら)が引っかかっていました。
「わわぁ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」
漁師は、亡骸を捨てるわけにもいかず、船に引き上げました。
「ああ、可愛そうに・・・」
漁師は娘の亡骸を近くのお寺に運んで、和尚(おしょう)さんにとむらってもらいました。
すると次の晩から、お寺の古い松の木の下に、あの若い娘の幽霊が現れ始めました。
「手厚くほうむってやったのに、まだ、この世にうらみでもあるのだろうか?」
和尚さんが不思議に思っていると、娘の幽霊が現れて、
「先日は、ありがとうございました。
迷わず、あの世へ行きたいのですが、心残りが・・・。
一言、お聞き下さいませんか?」
かすかな声で、言いました。
「なんなりと、話しなさい」
「はい。
実は、好きな人の元へ、お嫁に行く事になっていたのですが、家が貧しい為、嫁入りの着物が作れないでいました。
その為、せっかくの縁談(えんだん)が、壊れてしまったのです」
「それはさぞ、つらかったろう。
よしよし。
今となっては手遅れながら、わしが嫁入りの着物をそろえてやろう」
和尚さんが言うと、娘の幽霊は涙を拭いて、フッと消え去りました。
あくる日、和尚さんは約束の着物を買って来て、古い松の枝にかけておきました。
すると夜中に娘の幽霊が現れて、着物を着替えて行ったのでしょう。
嫁入りの着物は消えて、代わりに娘がおぼれて死んだ時の着物のそでが枝にかけられていました。
その時から、この松は『幽霊のそでかけ松』と、呼ばれる様になったのです。
おしまい