6月22日の百物語
入らず山の鬼婆
むかしむかし、ある山のふもとの村に、キノコ採りの上手なおじいさんがいました。
秋のある日、おじいさんはかごを背負って、いつもの山へキノコ取りに出かけました。
けれど他の人が取った後らしく、キノコはまったく見つかりません。
「せっかく来たのに、このまま手ぶらで帰るのもくやしいな。
・・・そうじゃ、入らず山へ行ってみよう。
あの山には鬼婆がおるというが、明るいうちに帰ればどうという事もあるめえ」
おじいさんが入らず山へ入ってみると、シメジでも、シイタケでも、マイタケでも、そこら中に生えています。
「これはすごい。誰も取らんから、キノコがいくらでも生えておるぞ」
おじいさんが夢中でキノコを採っているうちに、日が暮れてしまいました。
「さて、かごがいっぱいになったはいいが、こうも暗くては帰り道がわからんぞ。・・・仕方ない。一晩泊まっていくか」
おじいさんはたき火をおこすと、そのたき火でキノコをあぶって食べ始めました。
するといきなり、鬼婆が現れたのです。
「やい。おらにも食わせろ!」
鬼婆は二本の角が生えたぼさぼさの白髪頭に、まっ赤に光る大きな目玉、そして耳まで裂けた大きな口にギザギザの歯が生えています。
「へっ、へい、ただいま、焼きますで」
おじいさんが震えながらシシタケを取り出すと、鬼婆は怖い顔で言いました。
「シシタケ!
おらでさえ、めったにとれんシシタケを!
この入らず山は、おらの山だ。
おらの山を荒らして、無事に帰れると思うなよ。
足の一本ぐれえは、置いていってもらおうか」
「そんな、どうかごかんべんを。
入らず山には、二度と入りません。
シシタケも、ほかのキノコも、全部差し上げますから、どうか見逃してくだせえ」
おじいさんがいくら謝っても、鬼婆は許してくれません。
「さあ、足をよこせ! 右足か? それとも左足か?」
その時です。
たき火がパチッとはねて、鬼婆の大きな右目に飛び込みました。
「あちぢちぢっ!」
鬼婆が飛び跳ねているすきに、おじいさんは逃げ出しました。
「まてーっ、逃がしはせんぞー!」
鬼婆は右目を押さえながら、ものすごい勢いで追いかけてきます。
おじいさんは、ありったけの声を張り上げました。
「山神(やまがみ)さま〜! どうか、お助けくだせえ〜!」
すると空から紫色の雲がすーっとおりてきて、おじいさんをすくい上げてくれました。
鬼婆はくやしがりましたが、空の上ではどうする事も出来ません。
紫色の雲はおじいさんを家まで運ぶと、また空へと戻っていきました。
「山神さま、ありがとうごぜえます!」
命拾いをしたおじいさんは、それから山へ行くたびに、お礼のお供え物を持って行きました。
でも入らず山には、二度と行かなかったそうです。
おしまい