6月23日の百物語
音羽の池
新潟県の民話
むかしむかし、佐渡が島(さどがじま)のお寺に、音羽(おとわ)という美しい女中さんがいました。
ある日の事、音羽は山菜をつみに山へ行き、夢中になってつんでいるうちに山奥にある池のほとりまで来てしまいました。
「あら、着物が」
お気に入りの着物の裾(すそ)が土で汚れてしまったので、音羽が池の水で洗っていると、いきなり池から若者が現れて言いました。
「我は、この池の主の大蛇である。音羽よ、幸せにしてやるゆえ、我と夫婦にならぬか?」
「・・・・・・」
音羽は恐ろしくて、声も出せずにブルブルと震えました。
「もう一度言う、我と夫婦にならぬか?」
再びたずねられた音羽は、早くその場から逃れたい一心で、つい、
「はい、夫婦になります」
と、言って、お寺へ逃げ帰りました。
次の日の朝、白い馬をつれた使いの男が、お寺へ音羽を迎えに来たのです。
もう逃げられないと思った音羽は、使いと一緒に山へ向かいました。
それを見ていた和尚さんは、
「はて。音羽のやつ、しょんぼりしながら、ふわふわと山へ登って行くではないか。どういう事じゃ?」
と、ひそかにあとをつけてみる事にしました。
実は和尚さんの目には、白い馬も馬をひく男の姿も見えないのです。
和尚さんが山奥の池のほとりにつくと、音羽が池の中に入って行くところでした。
それを見た和尚さんはあわてて飛び出すと、音羽の体を後ろから抱きとめました。
「音羽、何をするんじゃ! なぜ、身投げなどする気になったんじゃ!」
和尚さんがたずねると音羽は泣きながらこれまでの事を話し、そして和尚さんを振り払うと、形見の鏡とくしを残して池の中に飛び込んでしまったのです。
「音羽!」
音羽は二度と姿を現さず、この時から土地の人たちはこの山奥の池を『音羽の池』と呼ぶようになりました。
音羽の池には浮き島があり、浮き島にはきれいな清水が湧き出す井戸があります。
音羽が池に飛び込んだのは六月二十三日と言われ、毎年この日には土地の人たちが池のほとりに集まって、音羽の霊をなぐさめるのです。
この時、土地の人たちは浮き島の井戸の中へ、供え物のおせんべいを投げ入れます。
池の主と音羽が食べる分は、らせんを描きながら底に沈んで見えなくなりますが、それ以外は水に浮いてしまい、沈む事はありません。
また、この浮き島の井戸は日本海の底にある竜宮城にまで続いていて、音羽は今でもそこで暮らしていると言われています。
おしまい