6月24日の百物語
八雲の水
京都府の民話
むかしむかし、ある村に、与八と言う、とても親孝行な若者がいました。
与八は毎日、年老いた両親の為に、朝から夕方まで一生懸命に働きます。
そんなある日の帰り道、急な雨にびしょぬれになった与八は、家に帰る途中で見慣れないわき水を見つけて、そのわき水を手の平にすくうと、ごくりと飲み干しました。
「うまい。今度この水を、父や母に持って帰ろう」
そして再び、家への道を急ぎました。
でもその夜に風邪をひいてしまい、与八は三日三晩苦しんだ末に死んでしまったのです。
さて、死んだ与八が目を覚ますと、多くの死人たちと一緒に暗い道をとぼとぼと歩いているところでした。
それから死人たちと一緒に何日も何日も休まずに歩くと、やがて大きな血の川に出ました。
「これが、三途の川か」
与八は、お葬式の時に棺に入れてもらった六道銭(ろくどうせん)と呼ばれる三途の川の渡し賃の六文を取り出すと、三途の川の番人に渡して川を渡してもらいました。
三途の川を渡ってさらに行くと大きな建物があり、その中で人間で最初に死んだと言われる閻魔大王(えんまだいおう)が、閻魔帳と呼ばれる人が今まで行ってきた善悪の書かれた帳面を調べて、死者の極楽行きか地獄行きかを決めていたのです。
与八が順番に並んでいると、前の方にいた死人が閻魔大王に呼ばれて、前に進み出て名前を言いました。
すると閻魔大王が、死人に尋ねました。
「お前は、八雲の水を飲んできたか?」
「いいえ、飲んでいません」
死人が正直に答えると、閻魔大王は苦い顔で地獄へつながる鉄の門を開いたのです。
「それなら、そっちへ行け」
その次の死人が、同じ質問に嘘をつきました。
「はい、八雲の水を飲みました」
すると閻魔大王は大きな釘抜きを机の下から取り出して、嘘をついた死人の舌を抜き取って言いました。
「嘘をつくような奴は、地獄行きだ!」
さて、次はいよいよ与八の番です。
閻魔大王が、与八に尋ねました。
「お前は、八雲の水を飲んできたか?」
八雲の水と言われても、何の事かわかりません。
与八はどう言えばよいかと悩みましたが、嘘をついても舌を抜かれて地獄行きなので、
「いいえ。その様な物は、飲んで・・・」
と、言いかけて、ふと、あの湧水の事を思い出しました。
(もしかすると、あの湧水が、八雲の水なのだろうか?)
そこで与八は、思い切って言いました。
「はい、飲んできました」
それを聞いた閻魔大王は、満面の笑みを浮かべて、
「よし、お前はこっちへ来い」
と、地獄とは別の方角へ案内してくれたのです。
そこはとても明るく暖かで、良い香りの蓮(はす)の白い花が一面に咲く池がありました。
こここそが、極楽なのです。
極楽には心優しい人が大勢いて、与八はいつまでも極楽で幸せに暮らしたという事です。
八雲の水と言うのは、この極楽の蓮の花が咲く池の水が地上に流れ出たもので、極楽へ行く事が出来る善人は知らず知らずのうちに、この八雲の水を口にすると言われています。
おしまい