6月25日の百物語
鬼笛(おにぶえ)
京都府の民話
むかしむかし、京の都に、笛の名人と呼ばれる博雅(はくが)の三位(さんみ)という人がいました。
ある、月のきれいな夜の事。
博雅が散歩に出かけて朱雀門(すざくもん)のあたりで笛を吹いていますと、近くでとても美しい笛の音がしました。
「これは見事な。いったい誰だろう?」
博雅は、そのあまりの素晴らしさに聞きほれてしまい、その日は笛の主をつきとめる事が出来ませんでした。
一ヶ月後の満月の夜、博雅は再び朱雀門のそばまでやってきました。
すると思った通り、あの美しい笛の音が流れてきます。
博雅は曲が終わるのを待って、笛の主に声をかけました。
「わたしは博雅という者ですが、先日あなたさまの笛の音を耳にして以来、すっかりそのとりこになってしまいました。ぜひ、お名前をお聞かせ下さいませ」
すると笛の主は、
「自分は、名のある者ではないので」
と、言って、名前を言いませんが、
「もしよろしければ、お互いの笛を交換して、一度吹いてみませんか」
と、自分の笛を差し出したのです。
「それはうれしい」
博雅は喜んで応じると、どきどきしながら名笛(めいてき)を手に取りました。
そして、恐る恐る口をつけて吹き始めますと、何と博雅が吹いても変わらぬ美しい音が流れてゆきます。
(素晴らしい、なんと素晴らしい笛だ)
すっかり夢見心地で吹いているうちに時は流れて、博雅が我に返った時には、すでに笛の主は姿を消してしまった後でした。
その後、博雅は名笛をお返しすべく、満月の夜が来る度に持ち主の姿を探しましたが、ついに見つける事は出来ませんでした。
博雅は申し訳なく思い、その名笛を大切に保存出来る場所にしまい込む事にしました。
やがて月日は流れて博雅がこの世を去った後、その不思議な笛の噂を耳にされた天皇が、伝説の名笛を浄蔵(じょうぞう)という笛の達人に吹かせてみたいとお望みになりました。
そして浄蔵が吹き始めますと、どこからか声が聞こえてきました。
「久方ぶりの鬼笛(おにぶえ)じゃ。して吹いているのは、何という鬼か?」
浄蔵は驚いて、その事を天皇に告げますと、天皇はとても感心して、その笛に『鬼笛葉二(おにぶえようじ)』と名を付けて大切にご秘蔵になられたという事です。
おしまい