7月4日の百物語
狩人とネコまた
むかしむかし、あるところに、とても腕のいい狩人(かりゅうど)がいました。
狩人は毎日、犬を連れて山に入って獲物をとっていました。
ところが、ある日の事。
「おかしいな。今日は、獲物がちっともおらん」
狩人は獲物をもとめて、いつしか山奥に入り込んでしまいました。
「これは困った。日が暮れて、帰り道が分からぬ」
ふと前を見ると、向こうに家の明かりが見えました。
「ありがたい。今夜はあそこで、泊めてもらおう」
狩人が明かりをたよりに進むと小さなあばら家があって、一人のおばあさんが住んでいました。
「すみません。日が暮れて、難儀しております。どうか、一晩泊めてもらえませんか?」
するとおばあさんは、狩人が連れている犬を見て言いました。
「食う物はねえが、それでいいなら泊まるがいい。ただし、犬はしっかりと外につないでおれよ。家に入れると、おらのネコに食われてしまうでな。いっひひひひ」
「ネコが犬を食う?」
狩人が家の中を見回すと、かまどのそばに一匹のネコがいて、うつらうつらと居眠りをしていました。
「何を馬鹿な事を。おらの犬は、クマでもイノシシでも倒す犬だ。あんなネコごときに、食われるはずがなかろう」
「いいや、おらのネコは、なみの強さでねえ。うそと思うなら、けんかさせてみるか?」
おばあさんが言うと、かまどのそばのネコがあくびをしながら、金色に光る目を開きました。
確かに強そうなネコですが、犬に勝てるなんて信じられません。
狩人は、おばあさんに馬鹿にされていると思い、少し腹を立てながら言いました。
「おおっ、のぞむところだ。どちらが強いか、勝負させてみよう」
狩人が犬をけしかけてネコと闘わせて見ると、驚いた事に犬はたちまち殺されてしまいました。
「・・・そっ、そんな馬鹿な」
狩人はくやしくて、夜が明けると同時に村へ飛んで帰りました。
そして狩人は、もっと強い犬を連れて戻ってきたのです。
「ばあさま、悪いがもう一度勝負だ!」
ところがまたも、狩人の犬はおばあさんのネコに殺されてしまったのです。
「駄目だ。あのネコに勝つには、もっと強い犬でないと」
狩人がとぼとぼ歩いて行くと、村はずれのお墓に、のら犬がたむろしています。
狩人は木の陰に隠れて、強い犬がいないかとながめていると、そこに旅のアメ売りが笛を吹きながら通りかかって、犬たちに近づいていきました。
「はて? 不思議な事をするアメ売りじゃ」
狩人が見ていると、アメ売りはくるっとトンボ返りをして、大きな犬の姿になりました。
突然現れた強そうな犬に、のら犬たちは尻尾を巻いて逃げてしまいました。
「おおっ、この犬なら大丈夫だ。ばあさまのネコに勝てるぞ。この犬に頼んで、二匹の犬のかたきをうとう」
狩人がアメ売りの後をつけて行くと、アメ売りは一軒の宿屋に泊まりました。
狩人は宿屋に入っていくと、アメ売りの部屋に行って今までの事を全て話しました。
「そんな訳だから、お前さんにネコをやっつけてもらいたい」
「なるほど。
お前さんの犬を二匹も殺したそのネコは、おそらく、『ネコまた』だろう。
『ネコまた』とは、年老いたネコが妖力を持って、尻尾が二股に分かれた化けネコだ。
『ネコまた』なら、犬が負けても不思議はない。
だが、わしなら勝てるぞ」
「ありがたい。では頼む」
「任せておけ。ただし、わしが『ネコまた』を負かしても、ばあさまが怒って襲ってくるだろう。
ばあさまの正体は、年を取った大ザルじゃ。
何百年も年を取り、『ネコまた』を操るほどに妖力を手に入れた化け物ザルだから、わしでもたやすくは退治出来ん。
なにしろ化け物ザルは、全身を針金の様に丈夫な毛で覆われているからな。
わしがすきをみて、ばあさまの手を上げさせるから、そこを逃さず、お前さんが鉄砲でわきの下を撃ってくれ。
わきの下なら毛が少ないから、鉄砲で倒せるはずだ」
「よし、わかった」
こうして狩人はアメ売りが化けた大きな犬と、おばあさんの家に乗り込んでいって、ネコまたと闘わせました。
そして犬がネコまたをやっつけると、おばあさんは顔を真っ赤にして怒りました。
「ウキーッ! よくもわしのネコまたを殺してくれたな!」
おばあさんは大ザルの正体を現して、猟師に襲いかかりました。
「なにくそ。化け物め!」
ズドーン!
猟師が化け物ザルの心臓に鉄砲を打ち込みましたが、針金の様な毛に覆われた化け物ザルの体には、鉄砲の玉は通用しません。
(そうだ、わきの下を撃たねば)
その時、アメ売りの化けた犬が化け物ザルに噛み付いて、化け物ザルの手を上げさせました。
(いまだ!)
ズドーン!
狩人の撃った鉄砲の玉は見事に化け物ザルのわきの下に命中して、化け物ザルを退治する事が出来たのです。
おしまい