7月5日の百物語
海坊主
むかしむかし、ある夏の事。
漁師(りょうし)たちが海で魚を取っていましたが、どうした事か、今日はほとんど魚が取れません。
「仕方がない、もっと沖へ行こうか」
「そうだな。これでは、かせぎにならん」
そこで船を沖へ移動させると、今度は面白い様に魚が取れます。
そこでついつい夢中で取っているうちに、すっかり日が暮れてしまいました。
「さあ。今日は、もう帰るぞ」
そう言って漁師たちがアミをしまっていると、突然波の中から、坊主頭の様な物が浮かび上がってきたのです。
「でっ、出たー! 海坊主だー!」
漁師たちはみんな、ブルブルと震え上がりました。
「何をボヤボヤしている! はやく船をこいで、浜(はま)へ逃げるんじゃ!」
船頭の言葉に漁師たちは我に返ると、懸命に船をこぎ始めました。
しかし海坊主も泳いで来て、船べり(→船の側面)に手をかけました。
そして、恐ろしい声で言います。
「ひしゃく。ひしゃくをくれえ〜。ひしゃくをくれえ〜」
「わかった、いまやる」
漁師の一人がひしゃくを渡そうとすると、船頭はそのひしゃくの底を素早く打ち抜いて、船べりからなるべく遠くへと投げました。
「それ、今のうちに、全力でこぐんだ」
一方、海坊主は遠くへ投げられたひしゃくを追いかけて行きましたが、そのひしゃくの底が抜けている事に気がつくと、
「よくも、だましたな! 待てぇー!」
と、すごい勢いで船を追いかけてきました。
しかし船は間一髪のところで浜へ着くと、みんなが浜へと駆け上がったので、海から出る事が出来ない海坊主にはどうする事も出来ません。
海坊主は、しばらくうらめしそうに漁師たちを見ていましたが、やがてどこかへ行ってしまいました。
「ああ、恐ろしかった。しかしどうして、ひしゃくの底を抜いて遠くへ投げたんじゃ?」
漁師の一人が聞くと、船頭はこう答えました。
「これからもある事だから、よく覚えておけよ。
もしあの時、海坊主の言う通りに底のついたひしゃくを渡してしまったら、海坊主はそのひしゃくで海の水を船にくみ入れて、最後には船を沈めてしまうんだ。
かと言って、ひしゃくを渡さないと、海坊主は怒って船を壊してしまう。
だから、底を抜いたひしゃくを渡すんじゃ」
それを聞いて漁師たちは、さらに震え上がりました。
おしまい