7月8日の百物語
亡霊の果し合い
むかしむかし、根来仙三郎(ねごろせんざぶろう)という、剣術に優れた若い侍がいました。
ある秋の日の事、仙三郎(せんざぶろう)は、ふとした事から友だちの松山新五郎(まつやましんごろう)と口論(こうろん)を始めました。
「だから、お前の方が悪い」
「いいや、悪いのはお前の方だ」
二人は言い張って、お互いにゆずりません。
そしてとうとう、二人は果し合い(はたしあい→決闘)とする事になったのです。
「明日の辰の刻(たつのこく→朝の八時ごろ)。あかねが原に来い」
「よしっ。キッパリとかたをつけよう」
その夜、仙三郎は机に向かって本を読んでいましたが、頭の中は明日の果し合いの事でいっぱいです。
(なぜ、あいつは自分の間違いを認めないのだ? あいつが意地を張るせいで、長年の友を失う事になったではないか)
そんな事を考えていると、ふと庭に人の気配を感じました。
(もしや、あいつが謝りに来たのか?)
仙三郎が庭の茂みに目を向けると、茂みのかげに怪しい二つの影が動いていました。
「なに奴だ!」
仙三郎は刀を取ると、縁側に立って叫びました。
しかし二つの影は答えず、お互いに争っている様子です。
月明かりをたよりに仙三郎が目を凝らすと、それは刀を抜いて戦っている二人の武士でした。
それもよろいかぶとに身をかためた武士で、かぶとの下から見える顔は死人の様に青白いものでした。
年はまだ若いようですが、体はまるで骨だけのようです。
二人は、いくたびも刀を合わせます。
やがて一方が力尽きて、よろめきながら倒れました。
しかしすぐに不思議な力で突き上げられる様に起き上がり、また相手に切りつけます。
そして相手の武士が倒れると、これまた不思議な力で突き上げられる様に起き上がり、相手に切りつけていきます。
そんな事が、二人の間で何度も何度も続けられました。
そのうちに、一人の武士が言いました。
「ああ、おれはもう駄目だ」
「おれも駄目だ。お前を殺すくらいなら、おれが死んだほうがましだ」
「いや、死ぬならおれが死のう。だが、この刀が、この刀が」
「そうだ。どうしても、刀が手から離れぬのだ」
「おれたちはきっと、この刀の亡霊(ぼうれい)にとりつかれているのだろう」
「刀の亡霊め。なぜおれを苦しめる。いや、おれたち二人を苦しめるのだ」
「刀めっ」
「にっくき、刀めっ」
「こんな事なら、あんな口論など、しなければよかった」
「そうだ。つまらぬ事で果し合いをしたから、刀の亡霊にとりつかれたのだ」
二人の武士はうめく様に言って、なおも戦いを続けました。
それを見ていた仙三郎は、思わず叫びました。
「やめろーっ!」
そして自分の大きな声に、仙三郎はハッと我に返りました。
「・・・ゆっ、夢か」
あくる朝、仙三郎は急いで新五郎の屋敷をたずねると、新五郎が真っ青な顔で出てきました。
「おい、どうかしたのか? 顔色が悪いぞ!」
「おお、仙三郎か。よく来てくれた。実はおれも、お前の家へ行こうと思っていたところなんだ」
話を聞くと、新五郎も仙三郎と同じ様に、刀の亡霊にとりつかれた二人の武士の夢を見ていたのです。
二人は二人ともが同じ夢を見ていた事に驚きましたが、やがてどちらからともなく言いました。
「今回の事は、わたしが悪かった。謝るから許して欲しい」
「いや、わしの方こそ悪かった。謝るのはわしの方だ」
二人の若い侍は手を握り合って、仲直りしたそうです。
おしまい