7月12日の百物語
カニ寺
むかしむかし、ある国に小沢村(こざわむら)という村がありました。
この村には大きな池があって、いつの頃からかカニの化け物が住みつくようになりました。
このカニの化け物は池にやって来る者を次々と食い殺し、ついには、近くにあるお寺の和尚(おしょう)さんまで食い殺してしまったのです。
村人たちはこの池を怖がって、昼間でも近づく者はいません。
そして和尚さんのいなくなったお寺は、人のいない荒れ寺になってしまいました。
さて、この国の海岸寺(かいがんじ)というお寺に、学問ばかりでなく武芸にも優れた和尚さんがいました。
旅人から小沢村の化け物の話を聞かされた和尚さんは、腹を立てて言いました。
「どんな化け物かは知らんが、仏に仕える者まで食い殺すとは、けしからん!」
そして、さっそく小沢村へ行くと、村人が止めるのも聞かずに、池の近くの荒れ寺をたずねて行きました。
すると荒れ寺から、一人の小僧が出てきました。
(はて、確かここには、誰もいないはずだが・・・)
和尚さんは不思議に思いながらも、小僧にたずねました。
「この寺の住職(じゅうしょく)は、いかがなされた」
「はい。用事があって、よそへ出かけておられます」
「いつ、戻られる」
「さあ、しばらくは戻らないというだけで、いつ戻るとは聞いておりません」
(これは、いよいよ怪しいぞ)
そこで和尚さんは、何食わぬ顔で言いました。
「わしは旅の僧。今夜、ここに泊めてもらえぬか?」
すると小僧は、ニコニコして言いました。
「はい。どうぞ、どうぞ。こんな荒れ寺でよかったら、遠慮なくお泊まりください」
その晩、和尚さんがお堂の中で横になっていると、ヒトヒトと近づいて来る足音がします。
足音がお堂の前で止まると、すーっと扉(とびら)が開く音がしました。
「何者!」
和尚さんが素早く立ち上がって杖(つえ)を構えると、そこには昼間の小僧が立っていました。
小僧が、恐ろしい声で言いました。
「わしの問答を受けてみろ!」
「望むところ。何なりと問いかけてみろ」
「ならば聞く。オテにコテとはこれいかに」
「オテにコテとは鎚(つち→金づちや木づち)の事なり。カツ!」
言うなり和尚さんは、小僧の頭を杖で叩きました。
そのとたん、小僧の姿が消えて、天井が音をたてて崩れます。
そして天井の穴から針金の様な黒い毛の生えた足が垂れ下がり、怒鳴る様な声で言いました。
「タイソクはニソク、ショウソクはロクソク、リョウガンはテンをむく。これいかに」
「大きな足が二本に小さな足が六本、両方の目が天を向くのは、カニの化け物。きさまがこの寺の和尚を食い殺したのだな!」
和尚さんは杖を振り上げると、その毛むくじゃらの足を力いっぱい叩きました。
すると天井に大目玉が現れ、大目玉からカミナリの様な閃光を放つと、ガシャリと下へ落ちました。
和尚さんは、その上へもう一度杖を振り下ろします。
「ギャオオオーーーーーー!」
ものすごい叫び声とともに、辺りがまっ暗になりました。
翌朝、心配をしてやって来た村人たちがお堂の中を見てみると、天井が破られ、床の上に黒い血の様なしみが点々とついていました。
和尚さんは、村人たちに言いました。
「もう大丈夫、化け物は退治した。おそらく池には、背中をつぶされたカニが浮いているはずじゃ」
村人たちが池へ行くと、確かに背中を割られた大きなカニの死体が浮いていました。
村人たちは大喜びで和尚さんにお礼を言うと、荒れ果てたお寺を新しく建て直して、名前を『カニ寺』と名づけたそうです。
おしまい