7月15日の百物語
ネコと茶釜のふた
むかしむかし、腕の良い猟師(りょうし)が山から下りてくると、家の前で一匹の子ネコが鳴いていました。
子ネコは猟師を見ると、甘えた様に体をこすり付けてきました。
「おー、よしよし。行くところがないのなら、わしの家においてやろう」
猟師はその子ネコを、飼う事にしました。
それから十数年後のある日、猟師の家に村の名主(なぬし→身分は百姓だが、役人の仕事をしている人)がやって来て言いました。
「山に恐ろしい化け物が現れて、村人たちが災難にあっておる。ひとつ、あんたの鉄砲(てっぽう)で、化け物を退治してもらいたい」
「わかりました」
猟師は化け物退治を引き受けると、さっそく化け物退治に使う鉄砲の玉を、いろりばたで作り始めました。
すると、それまで居眠りをしていたネコが薄目を開けて、鉄砲の玉を数えている様なそぶりを見せました。
(なぜ、ネコが鉄砲の玉を数えるのだ? ・・・ネコは年を取ると魔物(まもの)になるというから、用心した方が良いな)
猟師は十二個の玉を作った他に、金の隠し玉をネコに気づかれない様にお守りの中に忍ばせました。
次の朝、猟師は鉄砲を手に、山の化け物退治に出かけました。
山中を歩き回りますが、化け物は現れません。
やがて日が暮れて、辺りが暗くなってきました。
「今夜は、山小屋に泊まるとしよう」
真夜中の事、猟師が山小屋で寝ていると、
ミシッ、ミシッ、ミシッ。
と、大きな何かが、足音を忍ばせて近づいて来る音がしました。
それに目を覚ました猟師は、枕もとの鉄砲を取ると小屋の隙間から外をのぞきました。
すると暗闇の中に、ピカピカと二つの目玉が光っています。
(出たな、化け物め)
猟師は化け物の目と目の間に狙いをつけると、鉄砲の引き金を引きました。
ズドーン!
ところが鉄砲の玉は、
カチーン!
と、何かにはじかれてしまいました。
猟師が続けて二発目を撃つと、
カチーン!
と、またはじかれてしまいました。
(こなくそ!)
猟師は次から次へと鉄砲を打ち込みましたが、その全てがはじかれてしまいます。
そしてとうとう十二発目の玉を撃ったところで、暗闇の目玉がにやりと笑いました。
「馬鹿め、全ての玉を撃ちつくしたな」
暗闇の目玉は安心した様に、猟師へと近づいてきました。
すると猟師は首からぶら下げているお守りの中から金の隠し玉を取り出すと、素早く鉄砲に詰め込んで、
ズドーン!
と、撃ちました。
「ギャオォーー!!」
化け物はものすごい叫び声を上げると、そのまま山奥へと逃げていきました。
翌朝、猟師が化け物を撃った辺りを調べてみると、そこには見覚えのある茶釜のふたと十二個の鉄砲の玉が落ちていました。
「この茶釜のふたは、わしの家の物と同じだ。・・・おや、血が」
茶釜のふたが落ちていたところから、山奥へと血の跡が続いています。
猟師が血の跡をたどって行くと、その先にイノシシよりも大きなネコが死んでいました。
大きさは違いますが、家で飼っているネコと毛のもようが全く同じです。
「もしや、これは・・・」
猟師が家に帰ってみると、いつも猟師を出迎えてくれるネコがおらず、茶釜のふたがなくなっていました。
「そうか。わしのネコが、化け物だったのか。鉄砲の玉よけに茶釜のふたを持ち出して、わしを殺そうとしたのだな」
猟師は山へ戻るとネコの亡骸を持ち帰り、手厚くとむらってやりました。
おしまい