7月21日の百物語
産女(うぶめ)の幽霊
長崎県の民話
そのむかしむかし、麹屋町(こうじやまち)という所に、一軒のアメ屋がありました。
ある夏の夜の事、店の戸をトントンと叩く者がいるのでアメ屋の主人が戸を開けると、外に青白い顔をした若い女の人が立っていました。
「夜分、まことにすみません。これでアメをわけてください」
女の人はそう言って、一文(いちもん→30円ほど)を差し出しました。
「はい、ではこれを」
アメ屋の主人がアメを手渡すと、女の人は無言で立ち去って行きました。
それから女の人は、次の日もその次の日も、決まって夜遅くにアメを買いに来ました。
ある晩の事、毎晩来る女の人を怪しく思ったアメ屋の主人は、アメを買って帰る女の人の後をつけて行きました。
女の人は麹屋町を抜けて光源寺(こうげんじ)と言うお寺の門の前まで来ると、いつの間にか姿を消してしまいました。
(どこへ行ったのだ?)
アメ屋の主人はきょろきょろと辺りを見回しましたが、女の人はどこにもいません。
お寺は不気味なほどに、静まりかえっています。
(おっかねえな。帰ろうかな)
アメ屋が帰ろうとすると、突然に暗やみから赤ん坊の泣き声が響きました。
「オギャー、オギャー」
「ヒェーー! た、たすけてくれー!」
びっくりしたアメ屋の主人はお寺の本堂に駆け込むと、寝ていた和尚(おしょう)さんを起こしました。
和尚さんも赤ん坊の泣き声に気づくと、二人は泣き声のする方へ行きました。
するとその泣き声は、数日前に死んだ女の墓の中から聞こえるではありませんか。
二人がその墓を掘り起こすと、何と埋められた女の死体から赤ん坊が生まれていて、アメ屋の主人が女に売ったアメをしゃぶっていたのです。
あの女は、この赤ん坊の母親の幽霊(ゆうれい)だったのです。
「何とも、不思議な事があるものだ」
和尚さんは赤ん坊を引きとると、死んでなお赤ん坊を産んで育てていた母親の供養(くよう)をしてやりました。
さて、それから数日後の事、アメ屋の主人の枕元に、あの女の幽霊が現れたのです。
女の幽霊はアメ屋の主人に深々と頭を下げると、こう言いました。
「先日は、ありがとうございました。
おかげさまで、子どもはお寺に引き取られ、わたしも成仏する事が出来ます。
つきましては、お礼にあなたさまの願いを何でもかなえてさしあげましょう」
願い事と聞いて、アメ屋の主人はある事を思い出しました。
「どの様な事でもかなうのなら、水が欲しいです。麹屋町ではむかしから水不足で困っていますので」
すると女の幽霊は、静かにうなずいて言いました。
「女物のクシが落ちているところを、掘ってください」
それから数日後、アメ屋の主人は麹屋町で一本の赤いクシを拾いました。
「女物のクシか。・・・はっ、もしかするとここが!」
アメ屋の主人がそこを掘り始めると、にわかに水が湧き出したのです。
その湧き水はいつまでもつきる事なく、麹屋町の人たちにとても喜ばれたという事です。
おしまい