7月23日の百物語
山ネコを追い払ったご幣
広島県の民話
むかしむかし、安芸の国(あきのくに→広島県)に、山芋(ヤマイモ)掘りの名人と呼ばれるおじいさんがいました。
山芋は土深くに伸びているので上手に掘らないとすぐに折れてしまいますが、このおじいさんの手にかかれば、どんなに長い山芋も根元まできちんとそろっていて、しかも味が良いのです。
ある日の事、おじいさんはネコ山と呼ばれる山へ出かけました。
このネコ山には人を襲う恐ろしい山ネコがいるとのうわさですが、それだけに誰も近づかないので、手つかずの山芋がたくさんあるのです。
「山ネコが怖くて、うまい山芋が掘れるか」
おじいさんの思った通り、ネコ山には見事な山芋がいくらでもありました。
でも、夢中で掘り続けているうちに、もう辺りは真っ暗です。
「今夜は、ここで野宿をするか」
おじいさんは木の下に腰をおろすと、お弁当の握り飯を食べました。
夜中になると山は静まりかえり、なに一つ聞こえてきません。
さすがのおじいさんも気味悪くなり、横になっても寝つく事が出来ません。
それでも、ようやくウトウトしはじめた時、突然に生臭い風が吹いてきて、おじいさんはハッと目を覚ましました。
ふと見ると、黒くて大きな物が、おじいさんの上へ覆いかぶさる様に立っているのです。
逃げようとしても金縛り(かなしばり)にあってしまい、おじいさんの体はピクリとも動きません。
(仕方がない)
おじいさんは逃げるのをあきらめて、黒くて大きな物を見つめました。
よく見るとそれは毛むくじゃらのけもので、金色にギラギラと光る二つの目を持っています。
(こいつは、山ネコだ!)
山ネコはおじいさんに顔を近づけると、ヤスリの様にザラザラとした舌でおじいさんの体をなめ始めました。
(もう、なるようになれ)
おじいさんは覚悟を決めて目を閉じましたが、山ネコは、おじいさんの体をなめ回すばかりで、いっこうに食いつこうとはしません。
しばらくすると、山ネコがくやしそうに言いました。
「誰かが、邪魔をしやがったな」
(・・・?)
おじいさんは、何の事か分かりません。
山ネコは何度も大口を開けておじいさんに食いつこうとしますが、どう頑張ってもなめまわす事しか出来ないのです。
「くそっ、どうしても食う事が出来ない!」
やがて山ネコはあきらめて、そのまま去ってしまいました。
「助かった」
山ネコがいなくなって金縛りのとけたおじいさんは、ホッとして起き上がりました。
そして体を見てみると、いつの間にか体中に、ご幣(ごへい→紙を細く切ったもので、神社に祭ってある)の紙が巻きついていたのです。
「助かったのは、このご幣のおかげか」
夜が明けて山をおりたおじいさんは、そのご幣を持ってあちこちの神社をたずね歩きました。
「すみません。このご幣は、こちらの物でしょうか?」
しかし、どこの神社へ行っても、
「これは、うちの物でない」
と、言うのです。
おじいさんは仕方なく、村の氏神(うじがみ→住む土地の守り神)さまになっている神社へ行きました。
「これは、山ネコからわたしの命を助けてくれたご幣です。どこの物か分からないので、ここで預かってほしいのですが」
「はい、いいですよ。・・・うん? これは、うちのご幣だ」
神主さんが驚いて神社の中を調べてみると、やっぱりご幣がなくなっています。
「なんと、氏神さまのご幣だったのか」
おじいさんは喜んで、氏神さまにご幣をお返ししました。
その後、この神社は山ネコを追い払ったご幣の氏神さまという事で有名になり、山仕事へ行く人はみんな、この神社へお参りをする様になったという事です。
おしまい