7月24日の百物語
塀の上の大入道
むかしむかし、一人の侍が傘(かさ)をさして、雨の夜道を我が家へと急いでいました。
「いけねえ、いけねえ。すっかり遅くなっちまった」
この侍が塀(へい)の続く暗い道を歩いていると、傘が突然動かなくなってしまいました。
「はて? 塀越しの木の枝にでも、引っかかったかな?」
侍が傘の上を見上げてみると、何と塀の向こうから突き出た大きな手が、傘のてっぺんを掴んでいるのです。
(何だあの手は、お化けか?)
侍は傘を置いて逃げようかと思いましたが、当時の傘は貴重品なので、そう簡単に手放すわけにはいきません。
そこで侍は渾身(こんしん)の力を込めて、傘をぐいっと引き抜くと、
「なむさん!」
と、叫んで、自分の家に逃げ帰りました。
無事に家へ帰った侍が傘を調べてみると、大事な傘の頭がもぎ取られています。
「えーい、くやしい!
お化けごときに傘を壊されては、侍仲間の笑いものだ!
よし、出かけなおして、化け物の正体を暴いてやろう」
侍は大小の刀を腰にさして、さっきの塀のところへ戻って行きました。
「やい、お化けめ! 傘を壊された借りを返しに来たぞ! 退治してやるから出て来い!」
すると再び塀の上から大きな腕が伸びてきて、侍の腰から大小の刀をさっと奪い取ると、侍の背中をすごい力で突き飛ばして闇の中に消えました。
「むっ、無念! 武士の魂である、大切な刀まで奪われるとは・・・」
翌朝、塀の上の腕に奪われた侍の刀が、町の四つ角の水桶の上に十文字に置いてあるとの知らせがありました。
侍が駆けつけると水桶の上には侍の刀ともぎ取られた傘の頭が置いてあり、その桶の下を調べると古びた石仏が出てきました。
それを見て、侍はうなづきました。
「そうか。
誰かのいたずらでこの様なところへ捨てられた石仏が、それを知らせようと化けて出たのだな。
よしよし、わしが元の寺を探し出して、戻してやろう」
侍は石仏が置かれていたお寺を探し出すと、その石仏をお寺に運んで和尚さんにお経をあげてもらいました。
その後、塀の上から腕が出て来る事はなかったそうです。
おしまい