7月25日の百物語
亡者道
岐阜県の民話
むかし、乗鞍岳(のりくらだけ)の西ふもとにある千町が原に、猟が好きな百姓の平十郎(へいじゅうろう)がいました。
平十郎は秋の刈り入れが終わると、さっそく大好きな猟へと出かけました。
平十郎が出かけた猟場は、青屋(あおや)から平金(ひらがね)に通じる乗鞍岳のふもとの、桜が岡(さくらがおか)という亡者道(もうじゃみち)です。
亡者道とは死んだ人間があの世へ行く時に通る道で、地元の人は怖がってめったに近寄らないさびしいところです。
ですが平十郎は気にする様子もなく、のんきにかすみアミを張ってツグミをとっていました。
「霧が出てきたな」
小屋の中から様子を見ていると、白い霧の中を何かが通り過ぎ、かすみアミの方から人の叫び声が聞こえてきました。
(いけねえ、誰か引っかかったな)
平十郎が小屋から出てかすみアミに近づくと、何と、かすみアミに人間の生首が何個もかかっていたのです。
そして生首は平十郎に気づくと、
「・・・平十郎、・・・平十郎」
と、口々に叫び出しました。
びっくりした平十郎はあわてて小屋に戻ると、震える手で小屋の戸を閉めてカギをかけました。
(何なんだ、あれは?!)
腰が抜けた平十郎が、その場でブルブル震えていると、あの生首たちがふわふわと空中を漂いながら、
「平十郎、平十郎」
と、言いつつ、小屋の方へと近づいてきます。
平十郎が窓の外を見ると、空中に浮かんだ生首たちが平十郎を見てニヤリと笑いました。
(神さま、仏さま、ご先祖さま。助けてくだせえ〜)
生首たちはカギのかかっていない窓を口で開けると、次々と小屋の中に入ってきました。
そして大口を開けて、平十郎に襲いかかろうとしています。
(神さま、仏さま、ご先祖さま。助けてくだせえ〜!!)
そして生首たちが平十郎に噛み付こうとしたその時、生首は平十郎に噛み付く直前で動きを止めると、いまいましそうに言いました。
「お前は三日前に、仏さまのお下がりを食ったな。・・・くやしいが、わしらでは捕える事が出来ん」
やがて霧が晴れると、恐ろしい生首たちはどこかに消えていました。
助かった平十郎は転がる様に山を降りて、無事に自分の家へと戻りましたが、それから原因不明の高熱を出して何日も寝込んだという事です。
おしまい