7月28日の百物語
カエルと娘
大阪府の民話
むかしむかし、大阪のある町に、着物の布地を商う男がいました。
男は年に二回ほど重い荷を背負って、福井の町まで商売に出かけていました。
そして大阪にはちゃんと奥さんがいるのに、福井で世話になっている大きなお店では、
「もう四十に手が届きますが、まだ一人者で妻もおりません。まこと、さみしいかぎりです」
などとうそを言って、お店で働いている若い娘を騙して、自分の身の回りの世話をさせていました。
さて、一月八日の事です。
男は大阪の家に友だちを招いてお酒を飲んでいると、どこからか一匹のカエルが部屋の中に入ってきました。
「おや? 土の中が寒くて、暖まりに出て来たのか?」
男が言うと、友だちがからかって言いました。
「いやいや、こんな季節外れに、カエルが出て来るのは普通ではない。これはきっと、お前の商売がひっくり返るというお告げじゃ。わっはははは」
「馬鹿な事を言うな。縁起でもない」
腹を立てた男は、いらだちまぎれに火箸を炭火でまっ赤に焼くと、それをカエルの頭に押し付けました。
ジューーッ!
頭を大やけどしたカエルは、くるんとひっくり返って死んでしまいました。
しばらくが過ぎて二月の中旬になると、男はまた商売の荷を背負って福井へ出かけました。
そして世話になっているお店へ行くと、親しくしている娘の姿がありません。
「おや? あの娘は出かけているのですか?」
男がたずねると、お店のおかみさんが涙を流して言いました。
「あの娘は、亡くなりました」
「えっ!?」
「あれは、正月八日の夜の事です。
あの娘にお茶をたてさせながら、
『もうすぐ二月だね。今度大阪からあの人が来たら、夫婦になる様に話をしようかね』
と、そんな事を話していると、あの娘は恥ずかしそうに顔を赤くしていましたが、そのうちに急にごろんと横に倒れたのです。
そしてまるでカエルの様に手足をのばし、ブルブル震えながら息をひきとってしまいました。
その時に、あの娘の頭を見ると、頭のてっぺんに焼けた火箸を当てた様なやけどがあったのです。
いい娘だったのに、かなしい事です」
おかみさんは何度も涙をぬぐいながら、不思議な死に方をした娘の話を終えて男の顔を見ました。
すると男は白目をむき、額からたらたらと玉の様な油汗を流していました。
「おや? どういたしました?」
お店のおかみさんが男の顔をのぞき込むと、男はまるでカエルの様にグビグビと喉を動かすばかりで、そのまま死ぬまで口をきく事が出来なかったそうです。
おしまい