7月29日の百物語
魂のある人形
東京都の民話
むかしむかし、江戸のある料理屋で、三代春(みよはる)という三十歳になる女の人が働いていました。
ある時、三代春はお客から小さな人形をもらいました。
四、五歳くらいの女の子の姿をした、とても可愛らしい人形です。
三代春はこの人形を大変気に入り、自分で着物をつくっては人形に着せて、我が子の様に可愛がっていました。
ところがある時、どうしてもお金に困る事があったので、三代春は人形に何枚もの着物を着せて絹の布で大事に包むと、立派な木の箱に入れて質屋に預けてお金を借りました。
そして人形をそのままにして、三代春はお店をやめると十数年ぶりに実家へ戻り、母親と一緒に暮らし始めたのです。
さて、それから数ヶ月たった、春の夜の事。
三代春は、不思議な夢を見ました。
お店にいた時に可愛がっていた人形が夢に現れて、こんな事を言うのです。
「あなたはお店をやめて、お母さんと楽しく暮らしていますが、わたしは何枚も着物を着せられて、その上、絹の布でぐるぐる巻きにされて、暑さと息苦しさで着物のそでを食いちぎって、やっと息をしています。
まっ暗な質屋の蔵から、早く出してください。
ああ、暑い。
ああ、苦しい。
早く、早く」
娘がうなされている声を聞いて、母親は三代春を起こしました。
「これ、どうしたんだい? 汗びっしょりでうなされて」
そして娘から、人形の話を聞いた母親は、
「お前は、なんて事をしたんだい。
いいかい、人形には魂があるんだよ。
それをそのまま質屋の蔵なんかに入れておくなんて、うらまれたらどうするんだね。
お金が必要なら、兄さんの市蔵(いちぞう)に頼んで、早く人形を出してもらわないと」
そう言って、ほかの町に住む三代春の兄のところへ出かけて行きました。
市蔵は母親の話を聞くと、すぐに質屋へ行ってお金を返し、妹の三代春が預けていた人形を蔵から出してくれたのです。
市蔵は店先で、引き取った人形の木箱を開いてみました。
くるんである絹の布をとくと、三代春の夢の話通り、人形のそでが食いちぎられていたそうです。
おしまい