8月4日の百物語
お化けの行進
京都府の民話
むかしむかし、京の都に、藤原経行(ふじわらのつねゆき)という若い男がいました。
夜遊びが好きな男で、いつもこっそり屋敷を抜け出しては、町へ遊びに出かけていました。
ある日の事、経行(つねゆき)が馬を引くお供の者を一人連れて屋敷を抜け出すと、向こうからたくさんの松明の明かりが近づいてきます。
「あれは、何の明かりだ? 何が起こったか知らないが、夜遊びに行くのを誰か知り合いの者にでも見つかってはまずいなあ」
すると、お供の者が気を使って言いました。
「経行さま、あそこに門があります。
扉を閉めて、隠れてください。
わたしは馬と一緒に、その物陰に隠れて見張っておりますから」
そこで経行は門に駆け込むと、扉を閉めて身をかがめました。
そして扉のすき間から、通り過ぎて行く者たちをうかがっていました。
(一体、何者たちだろうか?)
やがて明かりの中に浮かび上がったのは、何と化け物たちではありませんか。
一本足の唐傘お化けを先頭に、目も鼻も口もないのっぺら坊、一つ目に、三つ目に、百目と、恐ろしい化け物たちが次々と通り過ぎて行きます。
(何と最後にいるのは、鬼ではないか)
経行は、ゴクリとつばを飲み込みました。
するとそれに気づいたのか、鬼の一人が急に立ち止まりました。
「うん? 今の音は? くんくん、くんくんくん・・・。におう。におうぞ。この辺りから、人間のにおいがする」
近づいて来た鬼が門の扉に手をかけましたが、不思議な事に少ししか開きません。
「だめだ。扉が開かん。人間がそこにいるのは確かだが、どうしても開かん」
すると、大将らしい鬼がやって来ました。
「どけ、どけ。わしがやってやろう」
大将の鬼は扉の間から毛むくじゃらの太い手を伸ばして、うずくまっている経行の頭をつかもうとしました。
「ぬっ、ぬーーーっ! もう少し! もう少しだ!!」
大将の鬼が大きなうなり声をあげると、その声に起き出したのか、周りの家々の明かりが次々と灯り始めました。
「しまった! 残念だが、今夜は引き返すぞ」
大将の鬼の声とともに、化け物たちは逃げて行きました。
「ふーっ、危ないところだった。しかし鬼の怪力で、なぜ扉が開かなかったのだ?」
経行は扉を開けて外に出ると、うまく隠れて無事だったお供と一緒に屋敷へ逃げ帰りました。
経行が自分の部屋へ入ると、経行の身の回りの世話をしている乳母がたずねました。
「どうしたのですか? お顔の色が、まっ青ですよ」
「・・・うむ、実はな」
経行は、夜遊びに出かけた事を父親に言いつけられる事を覚悟しながら、さっきの出来事を話しました。
すると乳母が、静かな声でこう言いました。
「いつでしたか、ある偉い尼さんに尊いお経を書いていただき、あなたさまのお着物の襟首に縫い込んでおきました。
だからオニたちも、あなたさまに手が出せなかったのでしょう。
ですが、お経の力がいつも勝るとは限りません。
夜遊びも、ほどほどにしないと」
「う、うむ」
今回の事ですっかりこりた経行は、それからは夜遊びをしなくなったという事です。
おしまい