8月11日の百物語
山寺の菩薩
京都府の民話
むかしむかし、京都のある山寺に、とてもありがたい事が起こると噂されるお寺がありました。
「さよう、普賢菩薩(ふげんぼさつ)というありがたい仏さまが、象にお乗りになって現れるのじゃ」
噂を聞いた大勢の人が寺をたずねてきては、ありがたい普賢菩薩(ふげんぼさつ)さまをおがんで帰るのでした。
和尚さんはいつもうれしそうに、お寺参りの人たちに言いました。
「わしは何十年もの間、ただの一日もお経をかかした事がござりませぬ。
それできっと、この様なありがたい仏さまがおがめる様になったのでござりましょう」
ある日の事、一人の猟師(りょうし)が山寺へやって来ました。
和尚さんが、猟師に言いました。
「あんたは毎日、生き物を殺してばかりおられる。
しかしこれからは心を入れ替えて、仏さまにお使えしてはどうじゃな。
ありがたい普賢菩薩(ふげんぼさつ)さまのお姿をおがんで、今夜はゆっくりここにお泊まりなされ」
「へえ、喜んで泊めていただきましょう」
猟師は今夜も現れるという、普賢菩薩(ふげんぼさつ)が現れるのを待つ事にしました。
真夜中になると、和尚さんは猟師を本堂へ案内しました。
「もうそろそろ、おでましになりますから、どうぞ、こちらへ」
本堂の扉を開けると、寺の小僧さんが先に待っていました。
三人は長い間、普賢菩薩(ふげんぼさつ)が現れるのを待ちました。
すると東の空に、ぽつんと白い光が現れたのです。
その光はこちらへ来るにつれてだんだん大きくなり、寺の周りの山々を明るく照らしました。
光はやがて雪の様な白い象になると、背中に普賢菩薩(ふげんぼさつ)を乗せて静かにお寺の前に立ちました。
普賢菩薩(ふげんぼさつ)の体からは、まぶしいほどの後光(ごこう→神さまや聖人などの背後に、円形または輪状・放射状に見える光線)がさしています。
和尚さんと小僧さんは頭を下げたまま、一心にお経を唱え始めました。
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ、なけあみだぶつ・・・」
ところが猟師は、鼻をくんくんさせて普賢菩薩(ふげんぼさつ)をにらみつけました。
「このにおいは・・・」
そして二人の後ろに立って弓に矢をつがえると、普賢菩薩(ふげんぼさつ)目掛けて矢を放ちました。
ビューン!
矢は普賢菩薩(ふげんぼさつ)の胸の中心に、深く突き刺さりました。
ゴロゴロゴロー!
突然、雷が激しく鳴りひびいて、お寺は大ゆれにゆれました。
いつの間にか白い象も、乗っていた普賢菩薩(ふげんぼさつ)も消えてしまいました。
和尚さんは猟師を見ると、びっくりして言いました。
「なっ、なんと! なんという事を、しでかしたのじゃ!」
すると猟師は、おだやかにこう言いました。
「和尚さま。
どうかお気を静めて、わしの話をお聞きくだされ。
あの菩薩(ぼさつ)さまからは、けもののにおいがしました。
ほかの人間には気づかなくとも、わしの鼻はごまかされません。
あのにおいは、タヌキです。
それも人の肉を食らう、年老いた古ダヌキに間違いありません。
お怒りはわかります が、どうか夜の明けるまでお待ちください」
やがて、朝になりました。
猟師と和尚さんは白い象が立っていた所へ行って、辺りを調べました。
するとそこには血の跡と、数本のけものの毛が残っていました。
二人が血の跡をたどって山へ行くと、ほら穴の前に猟師の矢に心臓を射貫かれた大ダヌキが死んでいたのです。
そしてほら穴の中には、大ダヌキが食べ散らかした人間の骨がたくさん転がっていたのです。
おしまい