きょうの百物語
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8月13日の百物語

船ゆうれい

船幽霊

 むかし、ある浜に、こんな言い伝えがありました。
『お盆の夜に舟を出すと、あかとりを取られて舟の中へ水を入れられ、おぼれ死にさせられてしまう』
 あかとりとは、舟の底にたまった水をくみ出すひしゃくの事です。
 年寄りたちはこの言い伝えを守っていましたが、若者たちはそんな言い伝えを信じようとはしません。
「迷信(めいしん)じゃ、迷信じゃ」
「魚を取るのに、盆も正月もないわ」
 そして十人ばかり若者たちが、お盆の迎え火を後に沖へ舟をこぎ出したのです。

 若者たちが沖に出て魚取りのアミを流していると、雲一つなかった星空に突然黒雲が現れて、こちらへと近づいて来ました。
「こいつは、まずい事になったぞ」
「雨が降り出す前に、引き返すとしよう」
 若者たちが急いでアミを引き上げていると、黒雲の中から何かが聞こえてきました。
「まってくれーい」
「まってくれーい」
 不気味な黒雲は、どんどん近づいてきます。
「おいっ、黒雲が待ってくれと言っているぞ」
「待ってたまるか! さあ、はやく引き上げろ」
 やがて黒雲は海の上に降りてくると、変わった形の船に姿を変えて、海の上を滑る様に走ってきました。
「あれは、異国(いこく→外国)の船だぞ」
「へさきに、竜(りゅう)の首がついとる」
「おう、見ろ。万燈(まとび→東日本で盆に燃やす松明)だ」
 その船の船べりや甲板(かんぱん)には、たくさんの万燈が明るく輝いていました。
 万燈の明かりがキラキラと海面に写り、なんともいえない美しさです。
 みんなが思わず見とれている間にも、船はどんどん近づいてきます。
「妙だな、あの船には誰も乗っておらんぞ」
 やがて船が手の届くところまで近づいた時、船からうめく様な声が聞こえてきました。
「あかとりがほしいー」
「あかとりがほしいー」
 若者たちは、年寄りたちの言葉を思い出しました。
 あかとりを取られたら、おぼれ死にさせられてしまう。
「おい! あかとりを渡してはならんぞ!」
「わかった! あかとりを隠せ! 隠せ!」
 そう叫んだ時、船から万燈が浮き上がり、フワリフワリと飛んで若者たちの舟を取り囲みました。
 そして一つ一つの万燈から白い手が出てきて、こう言うのです。
「おぼれ死ぬのは、誰じゃー」
「仲間になるのは、誰じゃー」
 そして万燈から出てきた白い手が、一人の若者の顔をなでて言いました。
「あかとりをよこさないと、お前から仲間にしてやるぞー」
「うひゃーーーー!」
 その若者はびっくりして、思わず隠してあったあかとりを海へ投げてしまいました。
 すると不思議な事に、海に落ちた一つのあかとりが、何十何百というあかとりに増えたのです。
「あかとりだー、あかとりが手に入ったぞー」
 万燈から出てきた白い手が次々とあかとりを手にすると、海の水をくんで舟の中へ入れ始めました。
「助けてくれーっ!」
「船幽霊だーっ!」
「やめてくれーっ! 舟に水を入れないでくれーっ!」
 若者たちは泣き叫びましたが、白い手は水を入れるのを止めようとしません。
 このままでは舟が沈んで、若者たちは海に投げ出されてしまいます。
 その時、浜の方で大きな炎が燃え上がりました。
 それは浜でたいていた、お盆の迎え火です。
 その迎え火の炎が空高く燃え上がったかと思うと、まっ赤なかたまりになって飛んできました。
 そして船幽霊の真上に来ると、パチパチッと火の粉をちらしながら叫びました。
「異国の亡者どもよ。静まれーっ!」
「おれたちは、海で死んだ者じゃ」
「お前らも、海で死んだ者じゃろう」
「悪さをするでねえ!」
「消えるがいい、消えるがいい」
 その声を聞くと舟に水を入れていた白い手が万燈の中に引っ込んでいき、フワリフワリと自分の船に戻って行ったのです。
 そして船いっぱいに万燈をともした異国の船は、キラキラと波に明かりをうつしながら沖へと消えて行きました。

おしまい

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