8月14日の百物語
もう半分
東京都の民話
むかし、江戸の町に、屋台の酒売りがありました。
「今にも雨が降り出しそうで、嫌な晩だなあ。まとまったお金があれば、ちゃんとした店で商売が出来るのに」
酒売りがぼやいていると、白髪頭のおじいさんがやって来ました。
「ちょっと、飲ませてくれんかね」
おじいさんは身なりがだらしなく、着物が薄汚れています。
(けっ、貧相な客だな)
酒売りはそう思いながらも、笑顔で言いました。
「へい。いかほど、お出ししましょう?」
「茶碗に半分ほど、飲ませてもらいたい」
「へい」
酒売りが言われた通りにお酒を出すと、おじいさんは、ググッと、ひといきに飲んで、空の茶碗を突き出しました。
「もう半分、もらおう」
そしてそれを何度も繰り返しますが、全然酔っ払う事がなく、時々考え込んでは、深いため息をついたりしています。
「お客さん。半分ずつでなく、とっくりごと飲んではいかがですか?」
「そういう気分には、なれんのだよ。もう半分」
(全く、ケチなお客だ)
しかしそのうちに、おじいさんも酔いが回ってきたらしく、
「いくらだい?」
と、小銭で勘定をすませて、フラッと帰って行きました。
「けっ、変な客だったな。・・・おや?」
酒売りがふと見ると、屋台のすみに、縞模様(しまもよう)の財布が置いてありました。
「さっきのじいさんが、小銭を出す時に取り出して忘れていったんだな。どうせ中身も小銭だろう」
酒売りが財布を手にすると、財布は意外にズッシリしています。
中を見ると、何と小判(こばん)がびっしりと入っていました。
「おおっ! これだけあれば、店の一軒くらい借りられるぞ」
酒売りがニンマリして財布をしまった時、さっきのおじいさんが顔色を変えてかけ戻ってきました。
「ここに! ここに、縞模様の財布を忘れて行かなかったか!?」
「財布?
さあ、そんな物は、影も形もありませんでしたよ。
酔っ払って、思い違いをしているんでしょう」
「いいや、確かにここに置いたんだ!
頼むから、返してくれ!
あれは、娘を売ってこしらえた金なんだ。
あれがないと、わしは身投げをせねばならん!
さあ、はやく返してくれ!」
「何!?
返してくれだと!?
お客さん、人聞きの悪い事を言わないでもらいたいね。
さあ、帰った、帰った。商売の邪魔だよ」
酒売りはおじいさんをつまみ出す様にして追い返し、追い出されたおじいさんはふらふらと近くの川へ行くと、そのまま身投げをして死んでしまいました。
それからしばらくすると、酒売りはおじいさんのお金で念願の店を構えて旦那になりました。
新しい店の商売は繁盛し、裕福になって美人のお嫁さんをもらえば、すぐに男の赤ん坊が生まれました。
「ありがてえ、ありがてえ。ばんばんざいだ」
ところが赤ん坊は生まれた時から歯が生えていて、おじいさんみたいに顔中がしわだらけで、ちっとも可愛くありません。
おかみさんも気味が悪くて世話をしたがらず、乳母をやとっても翌日には青い顔で逃げ出してしまいます。
「苦労知らずの嫁さんはともかく、金でやとった乳母が逃げ出すとは」
旦那は乳母が逃げ出したわけを調べようと、夜中まで起きて赤ん坊の様子を見張っていました。
するとスヤスヤ眠っていた赤ん坊がむくりと起き出して、辺りを見渡してから行灯(あんどん)の油をぺちゃぺちゃとおいしそうになめはじめたのです。
(なっ、なんと!)
あまりの事に、旦那は腰が抜けてしまいました。
そして赤ん坊はヒヒッと笑って、腰を抜かしている旦那に茶碗を突き出す様なかっこうをして言いました。
「もう半分、もう半分」
その赤ん坊の顔は、あの時のおじいさんと同じ顔でした。
赤ん坊はおじいさんの、生まれ変わりだったのです。
「ひぇーーーー」
旦那は恐怖のあまり気を失ってしまい、そのまま高熱を出して死んでしまいました。
おしまい