8月22日の百物語
捨てられた女房
京都府の民話
むかしむかし、都のはずれに、たいそう貧乏な男が住んでいました。
ところがその男の知り合いが、とても出世して遠い国のお殿さまになったのです。
そこで男は、そのお殿さまの家来として、ついて行く事になりました。
「これでやっと、自分にも運が向いて来たぞ」
と、喜んでみたものの、男には旅の支度をする金さえありません。
それで男は長い間連れそった優しい女房を捨てて、金持ちの家の新しい女をめとり、その女に金を出してもらう事にしたのです。
ところが新しい女房はわがままで、男に不平ばかり言っています。
そのうちに男は、だんだん前の女房が恋しくなってきました。
けれど金を出してもらった手前、新しい女房を追い出す訳にもいきません。
「今の女房とは、形だけの夫婦。・・・ああっ、貧乏でもよいから、前の女房と暮らしたいのう」
男は次第に、そう思う様になっていました。
そのうち何年かたち、殿さまは、また京へ戻る事になったのです。
「これで、あいつに会う事が出来る」
男は京に着くと新しい女房を実家へ帰して、すぐに元の自分の家へ戻りました。
ところが家についてみると、とても人が住んでいるとは思えないほどのひどい荒れようです。
「これが、わしの家だろうか?」
と、男は門の前に立ちすくみました。
「女房の奴、わしを恨んで出て行きおったに違いない。・・・いや、悪いのはわしだ。女房をせめても仕方ない」
そう思いながらも中に入ってみると、いつもの場所に女房が座っているではありませんか。
「お前、待っていてくれたのか!」
男は女房のそばへかけ寄り、しっかりと抱きしめました。
「あなた、お帰りなさい」
女房は文句一つ言わず、嬉しそうに男の顔を見ました。
「許してくれ。
わしが、悪かった。
わしの女房は、お前だ。
もう決して、離すまいぞ」
二人は夜のふけるのも忘れて語りあい、明け方になって、やっと寝床に入ったのです。
久しぶりの我が家に、男は安心してぐっすりと眠りました。
それから、どのくらいすぎたでしょう。
男が目を覚ました頃には、もう日が差し込んでいました。
「いやあ、よく眠った」
と、女房を見て、男は、
「あっ!」
と、驚いて、飛び起きました。
それもそのはず、何とそこには、骨だけになった女房の死骸が横たわっているのです。
「これは一体、どうした事じゃ!?」
男は寝まきのまま隣の家へ飛び込み、妻の事を尋ねました。
すると、隣の家の人が言いました。
「ああ、その人なら去年亡くなられましたよ。
何でも、ご主人が新しい奥方を連れて遠い国へ行ってしまったとかで。
それはひどく、悲しんでおられてのう。
そのうち病に倒れられたご様子じゃったが、看病する人ものうて、死んでしまわれたそうな。
お葬式をする人とてなく、亡骸もそのままだというので、怖がって近寄る人もありません」
「では、昨日あったのは、女房の幽霊だったのか」
そう思うと男は急に恐ろしくなり、そのまま逃げ出すと、どこかへ消えてしまいました。
おしまい