8月27日の百物語
へっつい幽霊
むかしは、どこの家の台所にも、土で出来た『へっつい』という道具がありました。
簡単に言えば、かまどの事です。
これがないと、ご飯が炊けません。
ある町に、威勢の良い大工がいました。
この大工の家のへっついが壊れてしまいましたが、新しいへっついを買うほどのお金がありません。
そこで大工は、古道具屋へ出かけました。
「親父、へっついの掘り出し物はねえか?」
「へい、ございますとも。これなど、いかがでしょうか。お安くしておきますよ」
「いくらだい?」
値段を聞くと思ったよりも安かったので、大工は喜んで、そのへっついを買って台所にすえつけました。
「これで明日の朝から、おまんまが炊けるってわけだ」
その夜、大工はのどが渇いて目を覚ましました。
「どれ、水でも飲むか」
台所に行って水がめの水をうまそうに飲んだ大工が、ふとへっついを見ると、何と青白い炎がフワフワと浮かんでいるではありませんか!
「ややっ! 鬼火だ!」
鬼火とは、幽霊が出て来る時に現れる炎だと言われています。
「こいつは、とんでもないへっついを買っちまったもんだ」
大工が恐々鬼火をながめていると、今度はへっついから、すすで汚れた男の腕が一本、にゅーーっと出て来ました。
「うわぁー! やっぱり幽霊が出やがった!」
次の朝、大工は古道具屋へ、へっついを返しに行きました。
「おや? お客さま。そのへっついに、何か不都合でもありましたか?」
「あったも何も、このへっついから幽霊が出るんだ。すぐに他のへっついと、取り替えてくれ」
「はあ、それは構いませんが・・・」
「なんだい、何か言いたそうな口ぶりだな」
「いえ、あなたに買っていただいたこのへっついは、これまで何度も買われましたが、すぐに戻って来るのですよ。
何でも夜中に鬼火が燃えたり、男の腕がにゅーーーっと出て来るとか」
「その通りだ! そんなへっついと承知で売るなんて、とんでもねえ奴だな! さあ、別のに取り替えるか、金を返してくれ」
古道具屋は大工にお金を返すと、こう言いました。
「鬼火や幽霊の正体が何なのか、いっその事、へっついを叩き壊してみませんか?」
「そうだな。壊してみれば、原因がわかるかもしれねえな」
そこで古道具屋と大工は、二人でへっついを打ち壊しました。
するとへっついの中から、小判が五枚も出てきたのです。
「へっついから小判とは、いかにも怪しいですね。では、前の持ち主を調べてみましょう」
そこで古道具屋がへっついの元の持ち主を調べると、その持ち主は、しばらく前に死んでいる事がわかりました。
「どうやら、せっかく貯めた小判を泥棒に取られない様にへっついに塗り込めたはいいが、小判を塗り込めたまま死んでしまったので、それが気にかかって幽霊となって出て来たのでしょう」
「なるほど、それは確かに未練が残るな。
仕方ねえ、未練が残らねえ様に、この小判を使ってやるか」
古道具屋と大工は出て来た小判で坊さんを呼んで、死んだ男とへっついの供養をしてあげたそうです。
おしまい