きょうの百物語
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8月29日の百物語

テンをたいじしたネコ

テンを退治したネコ

 むかしむかし、とても美しい一人娘を持った長者(ちょうじゃ)がいました。
 長者夫婦は娘を目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていましたが、その娘が原因不明の病気になったのです。
 その病気というのが、真夜中になると突然息苦しそうにうなりだし、それが朝まで続くというものです。
 長者夫婦は町から有名な医者を呼んで娘を診てもらいましたが、体はどこも悪くなく、どうしてそんな事になるのか原因が分からないと言うのです。
 そこで祈疇師(きとうし→おはらいをする人)にもお払いをさせてみましたが、やっぱり効き目がありません。
 長者夫婦は苦しむ娘を見るのがつらくて、ご飯ものどを通りません。
 娘の病気は日に日に悪くなり、やがて寝たきりになってしまいました。
(このまま娘が、死んでしまうのでは)
 そう思うと、長者夫婦は気もくるわんばかりです。

 さて、この長者の家には、一匹のオスネコがいました。
 かつて殿さまの可愛がっていたネコの孫というだけあって、見るからに気品のあるネコです。
 そのネコが、どういうわけか娘のそばを離れようとはせず、ずっと枕元で娘を見守っているのです。

 ある日、奥方が娘のそばを離れないネコを見て、ふと思いました。
(娘に一番なついていたとはいえ、これほど離れないのは異常だわ。もしかするとネコが原因で、娘が毎晩苦しむのかもしれない)
 そこで奥方は、屋敷の者に命じてネコを屋敷から連れ出させました。
 しかしネコはどんなに遠くへ連れ出しても、いつのまにか屋敷に戻って娘の枕元に座っています。
「これは困ったわ」
 奥方はネコを殺そうかとも思いましたが、そんな事をすれば、どんなたたりがあるかわかりません。

 ある夜、奥方は不思議な夢を見ました。
 その夢の中にネコが出てきて、涙を流しながら言うのです。
「わたしは娘さんを、とても大切に思っております。
 娘さんを病気にしようなど、考えた事もありません。
 それなのにあなたは、わたしを疑って、娘さんの病気の原因だと思い込んでいます。
 それがくやしくて、くやしくて。
 わたしが娘さんのそばを離れないのには、実は訳があります。
 それは天井に大きなテン(→イタチ科のけもの)がいて、娘さんの生気を吸い取ろうとしているからです。
 もし、わたしがいなかったら、娘さんはすっかり生気を吸い取られて死んでしまうでしょう。
 でも、わたしの力では娘さんの命を守るのが精一杯で、テンを退治する事は出来ません。
 テンを退治するには、兄弟の力が必要です。
 ここから何十里(→一里は、約四千メートル)か先の長者の屋敷にいる、わたしの弟を連れて来てください。
 お願いいたします」
 目を覚ました奥方は長者に夢の事を話して、さっそくネコの兄弟がもらわれていった長者のところへ使いを出しました。

 数日後、使いの者が、この屋敷にいるネコにそっくりなネコを連れて来ました。
 二匹のネコは、すぐに仲良くなり、一緒に娘の枕元に座りました。

 その日の夜、ネコは再び奥方の夢に現れて言いました。
「テンは、昼間のうちは倉(くら)に隠れています。明日の午後、わたしたちを五番目の倉に入れて、外からかぎをかけてください」
 そこで次の日、長者と奥方は二匹のネコにたっぷりとごちそうを食べさせて、言われた通りにネコを五番目の倉に入れて外からかぎをかけました。
 すると間もなく、中からドタンバタンと、ネコたちの暴れる音が聞こえてきます。
 中の騒ぎがあまりにも激しいので、長者も奥方も倉の戸を開けようかと迷っていると、
 キィーーーーッ!
と、気味の悪い動物の鳴き声が聞こえて、それから全く音がしなくなりました。
「どうしたのだろう?」
 心配になった長者が思い切って戸を開けると、一匹のネコが血まみれになって飛び出してきました。
 倉の中では、もう一匹のネコが銀色の毛をしたテンののど元に噛み付いたまま倒れています。
「大変だ!」
 長者がそばへ行ってみると、テンはすでに死んでいましたが、ネコはかすかに息をしています。
 長者はすぐにネコを抱き上げると、先に飛び出した血まみれのネコと一緒にかいほうしてやりました。
 けれどそのかいもなく、二匹のネコはやがて息をひきとったのです。

 しかしその日から娘の具合が良くなり、真夜中になっても苦しむ事がなく、次の日の朝には起き上がる事が出来たのです。
「それもこれも、みんなあのネコたちのおかげだ」
 喜んだ長者は、たくさんのお坊さんを呼ぶと、二匹のネコの為に盛大(せいだい)なお葬式をあげて、屋敷の庭にネコの塚(つか)を建ててやったそうです。

おしまい

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