8月31日の百物語
カッパの年貢(ねんぐ)
むかしむかし、船頭(せんどう→船で人や荷物を運ぶ人)さんが、いい気持ちで舟をこいで川を下っていると、
「・・・船頭さん。・・・船頭さん」
と、岸の方から声がかかりました。
見てみると、かみしも姿の立派な男が岸に立っています。
「へえ。何でしょうか?」
「船頭さん。どちらまでおいでですか?」
「へえ。清河橋(きよかわばし)まで行くところです」
「それは、ありがたい。
実は、このタルを河橋のたもとにある問屋(とんや)まで、届けて欲しいのです。
受け人は、この手紙に書いてあります」
「へえ。では引き受けやしょう」
船頭が舟を岸につけると、男は手紙を船頭さんに渡して、そばにある大きなタルを指差しました。
「では、このタルを」
そして船頭さんにお金を渡すと、念を押す様に言いました。
「このタルは、決して開けないでください」
「へえ」
「お願いですよ。どんな事があっても、開けないように。よろしいですな」
「へえ。承知地しやした」
船頭さんは思ったよりも大金をもらったので、上機嫌で大きなタルを舟に積むと、また川を下って行きました。
しばらくすると、船頭さんはふと思いました。
「あのお方は、このタルを開けるなと念を押しとったが、まさか死体でも入っているのではあるまいな」
一度気になると、気になって気になって仕方がありません。
「ええい、ちょっとぐらい中をのぞいても、大丈夫だろう」
船頭さんは思い切って、タルのふたを開けてみました。
「??? ・・・こりゃあ、何とも奇妙な物じゃ」
タルの中には、どす黒い物が、いっぱいに詰まっています。
「何じゃろう?」
船頭さんは奇妙な物を触ったり、においをかいだりしましたが、いっこうにけんとうがつきません。
「おお、そうそう。手紙があった」
船頭さんは手紙の事を思い出して、さっそく読んでみました。
《カッパの王さまへ。
いつもいつも、我々臣下(しんか→けらい)の者をお守りくださいまして、みなみな心から感謝いたしております。
さっそくながら、今年の年貢をお納めもうします。
なお、一言申し添えますが、今年は人間どもが我々を用心する事、今までになくきびしく、その為に肝(きも)が九十九しか取れませんでした。
まことに申し訳ない事ですが、残る一つは、この船頭の物を差し上げます。
どうぞ、ご遠慮なくお取りくださるよう、つつしんでお願い申しあげます》
これを読んだ船頭さんは、カンカンに怒りました。
「人間さまの肝を年貢にするとは、なんちゅうこっちゃ。こんな物、えーいっ!」
船頭は大タルを川の中へ、ドボーンと放り込んでしまいました。
それから船頭は、何事もなかったかの様に舟をこいでいきました。
おしまい