9月6日の百物語
袈裟切り地蔵(けさきりじぞう)
岐阜県の民話
むかし、元和二年(1616年)のある雨の降る夜の事、一人の侍が久々利城へと急いでいると、
「お助けください。悪人に追われています」
と、一人の美しい女の人が駆け寄って来ました。
(夜だと言うのに、こんなところへ女が一人でいるのは怪しい)
そう思った侍は、刀に手を掛けると用心深く腰を落としました。
するとそれに気づいた女が、まっ赤な口を大きく開いて笑いました。
「おほほほほほ。さすがは武士」
そして笑いながら、侍に飛びかかったのです。
「怪しい奴め!」
侍が女を切り付けると、女の身体は簡単に真っ二つになりました。
しかしその二つに分かれた女の身体は、それぞれの片方が元の一人の女に変わって、今度は二人がかりで襲いかかってきたのです。
「この妖怪め!」
侍は襲いかかる女を次々と真っ二つに切りますが、その度に女の数は、三人、四人、五人と増えていくのです。
そしてその数が十人を超えてしまうと、さすがの侍の刀も刃こぼれでボロボロになってしまいました。
(ぬぬっ、この刀では、あと一太刀が限度。何とかして、妖怪の弱点を見極めないと)
侍が飛びかかってくる女の攻撃をかわしながら、注意深く周りを見てみると、少し離れたところに青白い火の玉がチロチロと燃えていたのです。
「そこかーっ!」
侍はその青白い火の玉に飛びかかると、渾身(こんしん)の力を込めて刀を振り下ろしました。
すると、
ガチーン!
と、固い音がして、侍の刀は根元から折れてしまいました。
そしてそれと同時に青白い火の玉も襲いかかる十数人の女も、ロウソクの火を吹き消す様にふっと消えてしまったのです。
「やっ、やったか」
侍は折れた刀を拾うと、久々利城へと急ぎました。
翌朝、ここを通りかかった村人が、一体のお地蔵さんが転がっているのを見つけました。
そのお地蔵さんは右肩から左脇腹にかけて、袈裟がけに切られた跡がありました。
「なんとも、もったいない事だ」
村人はそこに祠(ほこら)を建てると、そのお地蔵さんをまつったそうです。
おしまい