きょうの百物語
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9月7日の百物語

卵のような顔

卵の様な顔

 むかしむかし、ある村はずれに、景色のいい浜辺がありました。
「おおっ、何と素晴らしい眺めだ」
 たまたまそこを通りかかった男が、ふと前を見ると、若い女が一人で松の木に寄りかかって海を見ていました。
 顔はよくわかりませんが、その後ろ姿は美くしく、男は一言声をかけたくなりました。
(何と言おうか? それともちょっと、おどかしてやろうか?)
 男はこっそり女の後ろへ近づき、肩をポンポンと叩きました。
 女は驚いて振り向きましたが、びっくりしたのは男の方です。
「ギャァァァー!」
 男は叫んで、その場に尻もちをつきました。
 何と女の顔には目も鼻も口もなく、まるで卵の様にツルンとしていたからです。
「あわわわ。助けてくれー!」
 男は、はうようにして女のそばを離れると、後ろも見ないで駆け出しました。
 男が走って走って村の近くまで行くと、道に人力車(じんりきしゃ)がとまっています。
「どこ、どこ、・・・どこでもいいから早く走ってくれ!」
 男は叫ぶなり、人力車に飛び乗りました。
 すると人力車のそばにしゃがみ込んでいた車引きが、のっそりと立ち上がって言いました。
「旦那、何をそんなにあわてているんです?」
「これが、あわてずにいられるもんか! さっきあそこの浜辺で、恐ろしい女にあった!」
「恐ろしい女とは、そりゃまたどんな女で?」
「そっ、それはだな。つまりその、なんだ」
 男がもどかしそうに説明していると、車引きが自分の顔をツルリとなでて、
「もしかして、こんな顔と違いますか?」
 車引きの顔から目も鼻も口もなくなり、卵の様になりました。
「うえーーっ!」
 男は人力車から飛び降りると、メチャクチャに駆け出しました。
 もう、どこをどう走っているのかわかりません。
 あまりにも走り過ぎた為に苦しくて苦しくて、今にも心臓(しんぞう)が破れそうです。
 ふと前を見ると、野原の中に一軒家(いっけんや)がありました。
 男はその家の庭に飛び込むと、ばたんと倒れて言いました。
「水、水、水をくれ」
 すると、おかみさんらしい女の人が出て来て、男を助け起こして水を飲ませてくれました。
「そんなにあわてて、どうしたのです?」
「目も、鼻も、口も・・・」
 言いかけましたが、息が切れてうまくしゃべれません。
 すると、女がニヤッと笑って言いました。
「もしかして、こんな顔と違いますか?」
 男がハッとして女の顔を見たら、目も鼻も口もなく、卵の様にツルンとしています。
「わあーーーーっ!」
 男は叫ぶと、そのまま気を失ってしまいました。

 しばらくして男が目を覚ますと、何と野原のまん中で裸のまま倒れていたそうです。

おしまい

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