きょうの百物語
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9月8日の百物語

おきだした死人

起き出した死人

 むかしむかし、一人の魚売りが魚を仕入れる為に、町へつながる山近くの野道を歩いていると、キツネたちが二、三匹かたまって日なたぼっこをしていました。
(しめしめ)
 男はキツネをおどかしてやろうと思い、草のかげに隠れてこっそりと近づき、いきなり立ち上がって叫びました。
「わっ!」
 さすがのキツネも飛び上がって驚き、転がる様に山へ逃げて行きました。
 男はそれを見て、大喜びです。
「あはははは。あのあわてよう。あんなキツネにだまされるなんて、よっぽどまぬけな人もいるものだ」
 男は町で会う人ごとに、さっきの出来事を自慢げに話しました。
「キツネは千日先の事でもわかるというが、やっぱりただのけだものだ。わしの一言で、腰を抜かしおったぞ」

 さて、男は町で魚を仕入れて、それをかついで村へ戻って行きました。
 ところが町でキツネの事を話して歩いたおかげで、帰り道の途中で日が暮れてしまいました。
(困ったな。月明かりもないこんな山の中で、野宿をするわけにもいかんし)
 男が暗闇の中を手探りで歩いていると、向こうの方に明りが見えました。
(しめた。あそこで泊めてもらおう)
 男が明りの方へ近づくと、そこには古びた家が一軒だけたっていて、戸の破れから中をのぞくと白髪(はくはつ)の老婆(ろうば)が一人で糸をつむいでいました。
 気味の悪い老婆でしたが、男は思い切って戸を開けました。
「日が暮れて、困っている。ひと晩、泊めてもらえぬか」
「それは、お気の毒に。こんなところでよかったら、どうぞ」
 老婆は心よく男を迎えると、いろりのふちに座らせました。
「あいにく夕飯をすました後で、何もないが」
「いや、飯の心配はいらない。遅くなると思い、町ですましたところだ」
 男は魚の入ったカゴを、こわきに置きました。
 老婆はそのカゴにチラッと目をやったあと、すぐ笑顔に戻って言いました。
「お客さん。実はどうしても隣の家まで行かないといけない用事があって、ほんのしばらく留守にするよ」
「隣の家? この暗いのにか?」
「なに、この原っぱの先に、わしの親戚の家があっての。慣れているので、ほんのひとっ走りじゃ」
 老婆はそう言うと、真っ暗な外に出て行きました。
 男は一人になると、急に心細くなりました。
 知らない老婆とはいえ、二人でいる方が落ち着きます。
(ばあさん、遅いなあ。早く帰って来ないかなあ)
 男は何度も戸を開けて外を見ましたが、おばあさんが帰って来る様子はありません。
 ただ、野原の草がザワザワと風にゆれるばかりです。

 やがて、いろりの火も小さくなり、今にも消えそうになりました。
 男がたきぎを探して隣の部屋に行くと、部屋のすみに白い物が横たわっていました。
(誰か寝ているのかな? 確か、ばあさんは一人暮らしと言っていたはずだが)
 男は恐々、白い物に近づいてみました。
 すると白い物は真っ白の着物を来た人間で、あお向けに眠っています。
 体はガイコツの様にやせ細り、くぼんだ目でジッとこちらを向いています。
(なんだ。病人がいたのか)
 男が頭を下げてあいさつをしましたが、病人はピクリとも動きません。
 そこで病人のひたいに手を当ててみると、まるで氷の様な冷たさです。
(し、しっ、死んでる)
 男はビックリして、後ろへ飛びのきました。
 そのとたん、死人がガイコツの様な手を、ゆっくりと動かし始めたのです。
「ギャアアアアー!」
 男は叫ぶと、裸足のまま家の外へ飛び出しました。
「なんで、なんで死人が動くんだ!?」
 男は暗闇の中をメチャクチャに走って、なに気なく後ろを振り向くと、なんとさっきの死人が口をパクパクさせながら追いかけて来るではありませんか。
「た、助けてくれぇー!」
 男がまた夢中で駆け出すと、目の前に大きな木がありました。
 男は必死で木をよじ登り、葉のしげみに身を隠しました。
(来るな! 来るなよ!)
 死人は木の下までやって来ると、上にいる男に気づいてニタッと笑いました。
 そして木を登ろうとしますが、なかなかうまく登れません。
 やがて死人はあきらめたらしく、一軒家の方へ戻って行きました。
(やれやれ、助かった)
 男はほっと胸をなでおろしましたが、それでも下に降りるのが怖くて夜が明けるまで木の上にいました。

 さて、辺りが明るくなって男が周りを見回すと、男が登っていたのは柿の木で、男の目の前にまっ赤な柿の実がぶら下がっていました。
「うまそうな柿だ」
 お腹が空いていた男は手を伸ばすと、柿の実を取ろうとしました。
 すると乗っていた枝がポキンと折れて、男は下へまっさかさまです。
 そしてその下が川になっていて、落ちた男は頭から川の中へ飛び込みました。
 さいわい怪我もなく、男はやっとの事で川からはい上がると、向こう岸で昨日のキツネたちが馬鹿にした様な顔でこっちを見ていました。
(なっ、なんだ? これは、昨日の仕返しか? あのばあさんも死体も、全部キツネの仕業か? ぐずぐずしていたら、何をされるかわからないぞ)
 キツネに仕返しをされた男は、せっかく仕入れた魚を取られただけでなく、ずぶ濡れで家に帰って行きました。

おしまい

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