9月11日の百物語
海坊主
むかしむかし、荷物船で賑わう港が、夏だというのに今にも雪が降り出しそうな肌寒い天気になりました。
船頭たちが、空を見上げて言いました。
「どうしたわけだ? 夏だというのに、寒うてかなわん」
「おかしな日よりじゃ。こんな日は、船を出さん方がええな」
「ああ、何が起こるか、わからんからな」
すると、それを聞いていた一人の気の強い船頭が、他の船頭たちを鼻で笑って言いました。
「なさけない。一日休めば、それだけ駄賃が減るではないか。たとえ幽霊船や海坊主が出て来よっても、とっつかまえてやるわい」
そして他の船頭たちが止めるのも聞かずに、一人で荷物船をあやつって港を出て行きました。
気の強い船頭が、沖へ出てしばらくすると、
「お〜い、お〜い」
と、誰かが、呼ぶ声が聞こえてきました。
「はて? こんな海のなかで、何じゃろ?」
船頭は、ろを休めて辺りを見渡しましたが、何も見えません。
「ふん、空耳か」
船頭は、またろをこぎ始めました。
それからもこんな呼び声が何度か続きましたが、船頭が気に止めずに船を進めていると、今度はすぐ後ろからはっきりした声で聞こえたのです。
「お〜い、お〜い」
船頭が思わず振り返って見ると、生白い物が大きくなったり小さくなったりしながら、船の後ろに取り付いていました。
「海坊主だ!」
船頭はひしゃくを手にすると、船に取り付いている海坊主を殴りつけました。
「こうしてくれるわ! こうしてくれるわ!」
すると海坊主は、海の中へ沈んでしまいました。
「ふん。大した事はない」
船頭がそう思った時、今度は二人の海坊主が海から顔を出して、また船の後ろに取り付いたのです。
船頭が再び海坊主をひしゃくで殴りつけると、海に沈んだ海坊主は四人になって現れました。
「なっ、何て奴らだ!」
船頭が殴れば殴るほど、海坊主は二倍に増えていきます。
そして八人にまで増えた海坊主は船の周りに取り付くと、薄気味悪い笑い声を出しながら船をゆさぶり始めました。
「こりゃ、どうもならん」
船頭はひしゃくを投げ捨てると、力任せに船をこぎ出しました。
ところが海坊主たちが船をゆさぶり続けるので、船はなかなか前へ進みません。
さすがにこれには気の強い船長も、肝をつぶして叫びました。
「たっ、助けてくれ〜!」
すると叫び声にびっくりしたのか、海坊主が次々と海に沈んでいきました。
「・・・助かったのか?」
船頭がほっと息をついて辺りを見渡すと、海がザワザワと騒ぎ始め、さっき投げ捨てたひしゃくと同じひしゃくを持った海坊主が何十人も海から顔を出して、ザブンザブンとひしゃくで船の中に水をくみ入れ始めたのです。
「何をするか!」
船頭は必死にくみ入れられた水をかき出しますが、間に合いません。
海坊主たちは薄気味悪い笑い声を出しながら、
「はよう、沈んでしまえ。はよう、沈んでしまえ」
と、ひしゃくで水を入れ続けます。
「やめてくれえ〜。助けてくれえ〜」
船頭が泣き叫びますが海坊主は水を入れ続け、ついに船は沈んでしまいました。
そして海へ投げ出された船頭は死に物狂いで泳ぎ始めましたが、海坊主に足をつかまれて、そのまま暗い海の底へと引きずり込まれてしまったのです。
おしまい