9月17日の百物語
棺の中のカマ
むかしむかし、ある村に、平太郎(へいたろう)という若者が、年を取ったおばあさんと二人で暮らしていました。
平太郎はとても気の強い男で、自分の事を『何でも平気(へいき)の平太郎さま』と自慢しています。
ある晩の事、村の若者たちが集まってお酒を飲んでいる時、一人の若者が言いました。
「どうじゃ、肝試しをせんか?
焼き場(やきば→火葬場)のお堂まで行って、棺(ひつぎ)の中の死人が胸に抱いとるカマを持って来るんじゃ」
むかしは死んだ人をすぐには焼かず、焼き場のお堂の棺に入れたまま、ひと晩置いておくならわしがありました。
その時、死んだ人の体に魔物が取り付かない様に、魔よけのおまじないとして死人の胸にカマを持たせるのでした。
「どうした? 誰も行けんのか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
誰もが恐ろしがって、何も答えません。
すると平太郎がニヤリと笑って、立ち上がりました。
「その話、何でも平気の平太郎さまが引き受けよう」
平太郎は一人で暗い夜道を歩いて行き、焼き場のお堂に入ると棺のふたを開けました。
棺の中からプーンと、死人のにおいがします。
「さて、カマはどこに・・・」
平太郎は手さぐりで死人の腹の辺りからカマを取り出すと、お堂の外に出ました。
「簡単、簡単。帰るとするか」
その時、どこからか人の声がしました。
「まずいな」
こんなところを人に見つかると叱られるので、平太郎はカマを腰にさすと、そばの松の木によじ登りました。
そして木の枝に腰をかけて声のする方へ目を凝らしていると、やがてたくさんのちょうちんをともした行列がやって来ました。
その行列は棺をかついでおり、どうやら葬式行列の様です。
(はて、こんな真夜中に葬式が来るなんて)
棺をかついだ行列の一行が、口々に言いました。
「おーい、平太郎ー!」
「平太郎ー、いるなら出てこーい!」
「お前のばあさまが、死んだぞー!」
それを聞いて、平太郎はにやりと笑いました。
(ヘへへっ、こいつらは化け物だな。おれをだまそうとしても、そうはいかんぞ)
やがて行列は焼き場の前で止まると、棺から死人を取り出しました。
(ありゃ。あの死人、うちのばあさまとそっくりじゃ。化け物も、なかなかやりおるわい)
さすがは、何でも平気の平太郎です。
平太郎は怖がるどころか、感心しながら見ていました。
行列の一向は、まきを積み上げて死人を乗せると、まきに火をつけました。
そして行列は、来た道を戻って行きました。
(やれやれ、これですんだわい)
平太郎が松の木から降りようとすると、死人を焼いている火が大きく燃え上がり、たきぎの上に寝かされていたおばあさんの死体が、ムクムクッと起き上がったのです。
「うん? あれは何じゃ?」
よく見ると起き上がったのはおばあさんではなく、口が耳まで裂けた恐ろしい鬼ババでした。
鬼ババは火柱(ひばしら)の中に立ったままで周りを見渡すと、松の木にいる平太郎を見つけてわめきました。
「やい、この親不幸者め。
お前のおババが焼かれとるちゅうに、知らん顔とは何事じゃ!
お前の様な奴は、食うてやる!」
鬼ババは火の中から飛び出すと、平太郎が登っている松の木をゆさゆさとゆさぶり始めました。
「こりゃ、落とされてはかなわん!」
平太郎が木にしがみつくと、鬼ババは木をゆさぶるのを止めて、鋭いつめでガリガリと木を登ってきました。
「まずい!」
平太郎は上へ上へと逃げますが、やがて木のてっぺんまで来てしまいました。
もうこれ以上は、逃げる所がありません。
やがて追いついた鬼ババが、平太郎の片足をつかみました。
「さあ、もう逃がさんぞ! 食うてやるから、覚悟しろ!」
すると平太郎は腰のカマを抜いて、鬼ババ目掛けて振り下ろしました。
「食らえっ、鬼ババめ!」
平太郎が振り下ろしたカマが鬼ババの首を切り裂いて、鬼ババは悲鳴を上げながらまっさかさまに落ちていきました。
ギャーーーーーッ!
ドシーン!!
地面に落ちた鬼ババは、それっきり動かなくなってしまいました。
翌朝、平太郎が木の下を見ると、鬼ババの姿がありません。
「鬼ババめ、どこへ行った?」
平太郎が木から下りて辺りを調べていると、帰って来ない平太郎を心配して村の若者たちがやって来ました。
「おおっ、平太郎。無事だったか」
そして平太郎から話を聞いた若者たちも一緒になって辺りを調べると、何とお堂の中で首をカマで切られた古ダヌキが死んでいたという事です。
おしまい