9月23日の百物語
小便のおけ
愛知県の民話
むかしむかし、村祭りで若者たちが狂言(きょうげん)をする事になり、神社にある小さな舞台(ぶたい)を大きく広げる工事が始まりました。
村人たちがひと月近くも手弁当(てべんとう→自分で弁当を用意することで、一般的にボランティア活動をさします)で仕事を続け、あとは壁の残りの部分を塗り終えれば完成です。
「おい、音吉(おときち)。壁土(かべつち)をねる水が足りねえから、水を持って来てくれ」
「へーい」
言いつけられた音吉(おときち)という若者が、かついできたおけの水を壁土の中へ勢い良く入れました。
するとそれを見ていた近くの人が、大声で音吉を叱りつけました。
「こら! そのおけは、小便を入れるおけじゃねえか。そんなきたねえ物に水を入れて来る奴があるか!」
「あっ! ・・・すみません」
音吉が謝りましたが、すでにおけの水は壁土にそそがれてしまったので、今さらどうする事も出来ません。
「まったく、しょうがねえなあ。・・・まあ、小便で壁土をこねたわけではねえから、いいか」
そう言って、こねた土を壁に塗って仕事を終えました。
「よし、完成だ」
若者たちは新しく出来た舞台で、さっそく狂言の稽古をはじめました。
さて、それから夜がふけてくると、舞台のあちこちに白いワタの様な物がたくさん現れて、フワリフワリと空中を舞いはじめたのです。
「なっ、何だこれは?!」
「さわろうとすると、逃げていくぞ」
若者たちは気味が悪くなって役人へ届けましたが、役人が調べても白い物の正体はわかりません。
「きっと、キツネかタヌキのイタズラだろう」
「出て来たら、こらしめてやらねえとな」
次の日も、若者たちは舞台で狂言の稽古を始めました。
そして夜がふけてくると、突然、
「バァーーーン!」
と、大きな音がして、たくさんの火の玉が舞台の上に現れたのです。
「うわーっ! 逃げろー!」
狂言の稽古をしていた若者たちは、あわてて舞台から逃げ出しました。
そして三日目の夜になると、裏山から、
「ゴゴゴーーッ!」
と、地響きの様な音が響いてきて、舞台のまん中に突然白い衣を着た老人が現れたのです。
その老人は右手に榊(さかき→ツバキ科の常緑小高木)の枝を持ち、左手にろうそくを持っています。
老人は顔を上げると、茶碗ほどもある大きな目玉で若者たちをにらみつけました。
「どぉひゃー! 化け物だー!」
若者たちは雨戸(あまど)を蹴破って、外へ飛び出して行きました。
次の日、村人たちが集まって、舞台に現れる怪しい物について話し合いました。
「なあ、おれが思うに、昨日の白い衣を着た老人は、化け物ではなく神さまじゃねえのか」
「ああ、おれもそう思う。こわい顔だったが、立派な身なりをしていた」
「でも、何で神さまがおれたちの邪魔を? おれたちは、何にも悪い事はしてないぞ。 舞台も、あんなに立派な物を作ったのに。・・・あっ!」
その時、村人たちは音吉の事を思い出しました。
「そうだ。小便のおけだ。小便のおけで運んだ水で壁土をねったので、神さまが怒っているのかもしれんぞ」
そこで村人たちは小便のおけの水で作った部分の壁土を新しく作り替えると、神主さんに祈ってもらい狂言の舞台を清めました。
すると神さまの怒りがおさまったらしく、その夜からは何も起こらなくなりました。
こうして若者たちは、安心して狂言の稽古にはげんだという事です。
おしまい